NITSインタビュー ~学びのスパイス~

第3回 NITSで働く人たち
―全国の教育委員会からの人事交流者 part1[前編]

独立行政法人教職員支援機構(以下、NITS)では、役職員や教育関係者へのインタビューを通して、教育に関わる知見を広く提供するとともに、より多くの教職員や教職員を目指すみなさんに、NITSについて知り、関心を持っていただくことで、日々のちょっとしたスパイスになればとの想いから、「NITSインタビュー ~学びのスパイス~」を行っています。

最近、日本全国でイベントを開催していて、「どうしたらNITSで働けますか?」「NITSってどんな組織なんですか?」というご質問をいただく機会が増えてきました。そこで第3回は、NITSはどんな人が働いているどんな組織なのかをご紹介すべく、「NITSで働く人たち」と題し、NITSで研修づくりの中核を担う全国の教育委員会からの人事交流者の方々5人にお話を聞きました。Part1の今回は3人の座談会形式で、前・後編の2回に分けてお届けします。今回はその前編です。

今回のインタビュー対象

  • 佐藤 専門職員

    教職員の学び協働開発部
    連携推進課

  • 華井 専門職員

    教職員の学び協働開発部
    研修マネジメント室

  • 宮久保 専門職員

    教職員の学び協働開発部
    連携推進課

――まず自己紹介と好きな色を教えてください。

佐藤

茨城生まれ、茨城育ちで、高校の日本史教員です。高校に勤めたのち、前職である茨城県教育研修センターで、3年間勤め、令和6年度からNITSに来ました。ピンクやオレンジなど、かわいい感じの色が好きです。

華井

専門は中学校の数学です。出身は岐阜県で、岐阜県で3年間教諭として勤めたのち、京都市へ。小中学校で勤務し、京都市総合教育センターで研究員をしたのち、令和6年度からNITSに来ました。好きな色は、サッカーチームACミランのファンなので赤と黒です。

宮久保

生まれも育ちも京都ですが、奈良県教育委員会から来ました。専門は高校の工業です。まず大学で助手をして、大学出資のベンチャー企業に行き、その後、奈良県の高校教諭として採用され、7年間学校に勤めました。奈良県教育委員会、奈良県立教育研究所を経て、令和6年度からNITSへ。京都出身ということもあり、高貴な色で、しかもサッカーチーム京都サンガF.C.の色でもある紫が好きです。

――NITSに来ることが決まった時、どんな気持ちでしたか?

宮久保

赴任する直前に、NITSの「研修マネジメント力協働開発プログラム(全国版)」に参加しました。でも正直なところ、どのようなことを考えたり、学びと捉えたりすればよいのか全然分からなくて、前任者に「この研修はどんな意図やねらいがあるの?」とすぐ電話したほどです。なので、赴任が決まった時、自分はNITSで何をしたらいいんだろうと不安に思っていました。

華井

僕も同じです。NITSに来てそのプログラムの担当になったので、自分や宮久保さんのように、戸惑ってしまう人が生まれないようにしようと思いました。でも、新しい環境でチャレンジすることは好きなので、ネガティブな感情はなかったです。

佐藤

僕は、NITSの研修に参加する人イコール管理職になるといううわさを聞いたことがあったので、なんか怖いところというイメージを持っていました(笑)。ただ、前職が同じく教職員研修を行う教育センターだったので、赴任が決まった時、そこまでの抵抗感はなかったです。学校現場から教育センターへ異動した時の衝撃の方が大きかったですね。

――NITSで勤務していて、業務の中で印象に残っていることがあれば教えてください。

宮久保

赴任一年目の令和6年度は、「研修って何だろう」と腑に落ちないまま一年過ごしていました。令和7年度に入って、研修の参加者はどんなことを考えるのだろう、ということを一生懸命考えるようになり、少しずつ自分の考えを整理できてきたように思います。ただ、自分としては変わり続けられる人になりたいと思っているので、全然満足はしていません。別の意味で、”変”人になりたいなと。

一番印象に残っているのは、自分の中で「こうしたら研修が楽しくなるだろう、参加者主体の学びの場をつくれるかも」とデザインした出前研修(NITSの職員が全国の教育センター等へ出向いて研修を行うこと)が、全然うまくいかなかったことです。ある場所ではうまくいったとしても、場所が変われば参加者一人一人も違うわけで、失敗だったなと。

研修をファシリテートする宮久保専門職員

――失敗ってどういうことですか?

宮久保

参加者が、研修を自分の学びと捉えられていない状況をつくってしまったことです。そういう状況で人は自ら学びに向かいにくいということを目の当たりにできたことは、ある意味面白い経験でもありましたね。もともと人は環境が調えば勝手に学んでいくものと信じているので、学べていない人がいる研修を展開してしまった責任は自分にあると感じます。

――反対に、これはうまくいったなという研修もあるんですか?

宮久保

研修を完全に自分の思うとおりに展開できたとしたら、自分が強制的にそう思わせるように仕向けてしまったのではないか、とも捉えているところがあって、それは望んでいません。よかったのか悪かったのか、はかれないくらいがちょうどよいバランスだと思っています。

佐藤

別の言い方をすれば、「こういう研修をしたら、こうなるかな」という自分の予想を参加者が超えてきた時こそが、よい学びの場だと思います。研修をつくる者としての想いや意図は持っておきつつも、そのとおりになってしまわないように、敢えてある程度手放すようにしています。ただ、超えてきてくれたからといって、うまくいったと自分に満足できるわけではないんですが。

とある研修のアンケート結果で、全員が「研修に大変満足」と回答していたことがあって、逆に違和感を持ってしまったことがあります。

華井

参加者自体の学びは確かにすごいけど、研修設計がよかったとも言えるのではないかと自分は思います。自分が頑張って、参加者がそれを評価してくれていたとしても、「うまくいった」とは思わない?

佐藤

8割くらいならまだしも、10割となると……統率されすぎてしまっていて逆に興ざめしてしまうというか。

僕は、NITSの研修の中で一番やりたくなかった「教育行政リーダー研修」の担当をしたことです。

フェロー(写真奥)と共にセミナーを運営する佐藤専門職員

――なんでやりたくなかったんですか?

佐藤

この研修の参加対象者は教育委員会の幹部職員、つまり自分からすると雲の上の存在なので、その方々に自分なんかが一体何ができるんだろうと。ただ、3日間の対面研修なんですが、立場的にその方々が職場をそんなに長い期間空けることは相当大変なことなので、絶対に「来てよかった」と思ってもらえるものにしなければと思いましたね。あの頃は、自分が一番探究していたのではないかと思います。結果、研修を「参加者の人たちと一緒に考える場」とできたことはよかったです。

後日、別の場で参加者とお会いする機会が何度かありましたが、その時に参加者が「今自分のところではこういうことをやっていて…」とお話が止まらないのが印象的でした。つまりは、研修が参加者にとってよい学びにつながったのではないかなあということなので。研修で「自分はどう在りたいか」など自分自身に対して考えを深める機会をつくったことで、共鳴できた部分があったのではないかと思っています。

華井

僕は、2人とは違って、研修マネジメント室というNITSの研修事業を取りまとめる、NITS内のマネジメントを担当する部署にいます。特に印象に残っているのは、研修リフレクション会議を担当する中で、NITS内でもいろいろな考えを持つ人がいて面白いということですかね。でも、だからといってそれぞれがやりたいことをやっていたらまとまりのないものになってしまうので、NITSとしてどういう方向に進んでいくのか、皆さんの考え方を寄せながら、大きな方向性をつくるために会議を行っています。

――リフレクション会議は、研修の振り返りを行う会議と認識していますが、具体的にはどのように行っているんでしょうか?

華井

初めて担当した令和6年度の研修リフレクション会議は、ピックアップした研修ごとに事前の作戦会議と事後のアンケート結果を基にした振り返りを行っていました。部内でそれぞれの研修を深く考えることはできましたが、NITSとしての方向性を整えることは難しかったため、令和7年度は少し幅を広げ、「探究型中央研修」「職階別中央研修」「指導者養成研修」の枠組みで、研修の事前にそれぞれの在り方を考え、事後にリフレクションを行いました。担当する職員みなさんが自分事として考えられるような設計を心掛けています。