令和8年8月21日

NITSニュース第259号

はじめに

蝉の大合唱に、時折、ツクツクボウシの独唱が入る季節になりました。4月から走り続けてきた先生方も、毎日のルーティンを離れる時間や場を確保できたでしょうか。そうした時間には、ふと立ち止まって根源的な問いの迷路に足を踏み入れる贅沢な機会が欲しいものです。

今月号の「学びの交差点」は、教職員支援機構教授 百合田真樹人「『子どもの学びと教師の学び』―相似形の比喩が見落とす学び」をお届けいたします。研修観の転換にひた走ってきた当機構の方向性にも、誰にでもわかりやすくして裾野を広げる価値と、敢えてわかりにくいことに目を向ける価値の相反が存在します。肯定・否定、正解・不正解の二項対立を越えたクリティカルな姿勢で、一層深い在り方に読者を誘います。

今月の目次

1. 学びの交差点

2. お知らせ

1. 学びの交差点

「子どもの学びと教師の学び」―相似形の比喩が見落とす学び

独立行政法人教職員支援機構 教授 百合田真樹人

『子どもの学びと教師の学びは相似形』という言説には、違和感と少なくない懸念を覚えてきました。確かに、学校教育の現場でおきている「子どもの学び」の変化を踏まえ、その学びを支える「教師の学び」を推進するうえで、教師も主体的・対話的で深い学びや探究的な学びに努めようという規範的な主張は、直感的にわかりやすく、説得力があります。しかし「相似形」が意識化する学びをそのまま受け入れることは、教師の実践とその学びの要点を見誤る恐れを伴います。

決定的なのは、両者の学びが向かう「出口」の構造が似て異なることです。子どもの学びは、それが目指す到達点において「広がり」を価値の中核に据えています。問いが新たな問いを呼び、関心が領域横断的に展開し、世界理解が多様化していく。この開放性は、(子どもの)探究的な学びの重要な成果です。

しかし同時に、子どもの学びには、社会を構成する一員としての統合に向かうというもう一つの側面があります。すなわち、市民性の形成の契機としての学びです。子どもは、学校教育の諸活動や社会生活を通じて、価値や規範、他者との関わりとその方法を修得し、共同体で生きる主体として自らを位置づけます。したがって、子どもの学びは、「広がり」に加えて、社会的に意味づけられた一定の方向性への「統合」も内在しています。

これに対して教師の学びは、人格的な広がりを排除しないものの、専門職としての要請に規定されます。教師は子どもの学びを成立させる責任を担う存在であり、また公教育の実践者として共生社会を実現する責任を担う存在です。したがって、教師の学びは、実践の質を保証するとともに、機会格差を是正して公正な学びを保証する方向へと深められなければなりません。教科内容の理解、学習過程の設計、評価の妥当性、支援の適切さといった領域において、知と技能を精緻化すると同時に、共同体的な検証に耐えうる実践へと収斂する学びの深まりが求められています。ここでの「深まり」は、専門職集団の一員として共有される基準が裏打ちするものであり、子どもの学びで重視される個人的関心の広がりとは異なる性質を持つ学びのあり方です。

このように見ると、子どもの学びは「広がり」と「社会的統合」を併せ持ちながら展開するのに対して、教師の学びは「広がり」はもとより、専門職的基準に基づく「深まり」によって方向づけられるという構造的な違いが明らかになります。前者の統合が市民としての生成に関わるのに対して、後者の深まりは専門家としての責任遂行に関わります。

こうした本質的な違いにもかかわらず、両者を「相似形」として扱うと、教師の学びに固有の専門職的深まりが犠牲になることが懸念されます。そこでは、「教師も子どもと同じように学ぶべき」という単純化された規範的な言説ばかりが伝わる恐れがあります。ここに比喩(メタファー)を用いるメッセージの危うさがあります。相似形という比喩は共通性を強調する一方で、「学び」をめぐる責任の構造や基準の違いといった重要な差異を覆い隠してしまいます。

したがって、大切なのは「相似形」という理解を乗り越え、両者を異なる原理に立つ相互規定的な関係として捉え直す(また、学び直す)姿勢と取り組みです。子どもの学びの広がりと社会的統合は、教師の専門職的な深まりによって支えられ、その実践の中で再構成されていきます。こうした構造を踏まえるとき、実践現場や研修開発の現場での戸惑いは、教育の本質的な複雑さに向き合い、その理解と克服に真摯に取り組んでいる証として再確認されます。比喩などの「わかりやすさ」の誘惑に抗い、複雑さに向き合う「贅沢」な場と機会をどう確保するかが、急速に変化する現代社会に求められています。

2. お知らせ

第10回NITS大賞募集要項

第10回NITS大賞ページに募集要項を掲載しています。エントリーは令和8年9月1日から受け付けます。主題である「子供一人一人が輝ける場となるように ~教師の働きがいを再構築する学校づくり~」のもと、子供たちを主語にするために、多様な人々との協働を含め、のびのびと楽しく、誇りをもって学校改善に取り組んだ教育実践を募集します。

研修マネジメント力協働開発プログラム(地域版)

今年度も全国各地でマネプロ地域版を展開しています。中国四国(令和8年8月26日)、関東甲信越(令和8年9月7日)、北海道(令和8年9月17日)、九州(令和8年9月18日)、東海北陸(令和8年9月25日)、近畿(令和8年9月30日)と全国各地で開催予定です。「研修観の転換」に向けた「学び合いのコミュニティ」形成支援事業ページの各地域の実施についてを随時更新していますので、実施要項をご参照ください。

NITS Learning Hub

毎月1回、東京事務所にて開催してきたNITS Learning Hubは、ご好評につき、令和8年9月からは、毎月2回程度開催することにしました。教職員が、所属する地域や学校種を越えて、自分たちの学びや研修の在り方について少し立ち止まって考え、多くの仲間と語り、つながることができる場をめざしています。

次号は令和8年9月18日発行予定です。主な内容は、当機構連携校である茨城県立竹園高等学校 探究担当 戸井田翔太郎 教諭による「高校の探究活動を実践する中での気づきと悩み」を予定しています。