NITSニュース第162号 令和3年2月12日

タイムマネジメント―働きがい・成長感・幸福感を高める働き方改革―

愛媛大学 教授 露口健司

「時短第一主義からやりがい第一主義へ」

「働き方改革に逆行する」という言葉をよく耳にします。 発言された方は、働き方改革の目的を時間短縮・業務効率化・業務削減に置いていると思われます(時短第一主義)。 しかし、働き方改革の目的は、時短・効率化・削減ではなく、その先にある教職員の働きがい、学びによる職能成長の実感、及び幸福感にあるのではないでしょうか(やりがい第一主義)。 すると、「働き方改革に逆行する」という表現は、教職員のやりがいを損なうような動きを示すこととなります。 教職員個々の事情を無視した帰れ帰れの大合唱が、実は「働き方改革に逆行」しているのかもしれません。

時短・効率化・削減は、働きがい・成長感・幸福感に向かうプロセスに過ぎない点に留意したいものです。 「時短第一主義」は子供の教育効果や幸福感に直結するイメージが持てません。 直結するのは、間違いなく「やりがい第一主義」に立脚した働き方改革です。 教員の働きがい・成長感・幸福感は子供への教育効果と結びつきます。 教員の働きがい(ワーク・エンゲイジメント)や幸福感は、学級の子供たちの学習意欲や幸福感と連動していることが、欧米の調査研究で検証されています。 働き方改革の目的を何に置くかで、その後の戦略が大きく変化しますので、注意が必要です。

「学習への着目」

時短を働きがい・成長感・幸福感に結びつけるためには、「学習」が必要となります。 業務の効率化で生成した時間を学びに投資し、実践を通して成長し、達成感と幸福感を味わうとするストーリーの理解が重要です(労働者<専門職としての働き方改革)。 教員は専門職ですから、学習・研修に投資する時間が必要不可欠です。
働き方改革は学び方改革と連動しています。 教職の学習は、若年期には周囲がある程度カリキュラム化したものを用意してくれます。 しかし、経験を積むにつれて、自主的な学習へ移行していきます。 準備された研修機会は減少し、自ら主体的に学ばなければなりません。 若年期から、業務効率化により時間を生み出し、自主的な学習を行う習慣をつけておきたいものです。 業務削減で、教職=専門職の生命線である学習・研修を切り刻んでいないか注意が必要です。

「信頼のジレンマ」

負担感の高い業務として、保護者対応や生徒指導をあげる教員が多数います。 これらの業務は、信頼醸成に関する業務であり、一定の時間を必要とします。 児童生徒・保護者・同僚・管理職との信頼が、実は、教員の働きがい・成長感・幸福感に対して重大な影響を及ぼしていることが、最近の大規模調査で判明しました。 保護者対応や生徒指導業務を負担としてとりあげる教員は、そこに信頼の危機を感じているのです。 信頼が崩れるさらに状況が悪化するため、時間をかけようとするのですが、時短第一主義が強すぎるとそれがままならない状況が生まれます。 会議削減、対面機会削減等の方法は、実は、働きがい・成長感・幸福感の基盤である信頼を崩す可能性を有していることにも留意が必要です。

「オーダーメイドの多様な働き方」

働きがい・成長感・幸福感を目標とする場合、時短を全教員一律適用することは、大きなリスクとなります。 そもそも、働きがい・成長感・幸福感の水準が高い教員に、現状の大幅な変更は必要でしょうか。 働きがい等が低水準の教員に、働き方の改革は必要なのです。
また、子育てや介護等に直面し、仕事と家庭の両立が困難な教員にも、働き方の改革は必要です。 しかし、仕事を覚えなければならない若手、キャリア上昇志向の教員、仕事に没頭できる状態にあるベテランは、一律の時短に苦しむ可能性があります。 多様な働き方を認め、教職員の自律性を重んじ、個々の事情に応じた「オーダーメイド」の働き方改革を進めたいものです。 働き方改革の誤認は、職務に対して勤勉で、誠実に子供・保護者・地域・同僚に向き合う教員文化を破壊するリスクを抱えているのです。