NITSニュース第144号 令和2年9月25日

ハンセン病問題に関する人権教育の推進について

学習院大学 教授 梅野正信

ハンセン病問題は、今日、人権をめぐる課題、なかんずく人権教育において、取り組みの一層の推進を期待される課題の一つとされています。 「一 今日、一層の推進と広がりを期待されている理由」、「二 人権教育として大切にしてほしい視点」等に絞って、お伝えしたいと思います。

一 今日、一層の推進と広がりを期待されている理由

「らい予防法」が廃止されたのは、1996年のことでした。 1998年7月、国立ハンセン病療養所(星塚敬愛園、菊池恵楓園)に住まわれる13名の方々が、国の違法な隔離政策と人権侵害に対する賠償を求めて、熊本地裁に提訴されました。判決は、2001年5月11日。 地裁判決(確定)は、原告が長い年月にわたる人権侵害を受け続け、不合理な差別・偏見にさらされた事実を認めた上で、厚生大臣と国会に対して、違憲状態を解消しなかった過失を、認定しました。【「2001年判決」】

判決の翌年に閣議決定された「人権教育・啓発に関する基本計画」には、人権課題の一つとして、「ハンセン病患者・元患者等」が明記され、「“療養所入所者の多く”は、これまでの長期間にわたる隔離などにより、“家族や親族などとの関係を絶たれ”」と書かれています。

ご家族や親族の方々から、差別や偏見のもとでの人権侵害に十分に対処しなかった国の責任を問うた裁判、ハンセン病家族訴訟の判決が、2019(令和元)年6月28日熊本地裁判決(確定)です。【「2019年判決」】 2001年判決から18年が経っていました。

「今日、一層の推進と広がりを期待されている理由」を、「2019年判決」のあとに出された、3つの文書で確認しておきたいと思います。

①「2019年判決」は、文部大臣及び文部科学大臣に対して、「学校教育において、すべての児童生徒に対し、その成長過程と理解度に応じた、ハンセン病についての正しい知識を教育するとともに、ハンセン病患者の家族に対する偏見差別の是正を含む人権啓発教育が実施されるよう、教材の作成、教育指導の方法を含め適切な措置をとるべきであった」が、この義務を怠ったことにより「違法性が認められる」との判断を示しました。(熊本地方裁判所民事第2部「ハンセン病家族訴訟判決要旨」(令和元年6月28日)。

この判決を受けての②内閣総理大学談話(令和元年7月12日 閣議決定)には、「患者・元患者とその家族の方々が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として改めて深く反省し、心からお詫び申し上げます」、「“患者・元患者やその家族がおかれていた境遇を踏まえた人権啓発、人権教育などの普及啓発活動の強化”に取り組みます」と、記されています。 首相として、下線の趣旨にもとづく「人権教育の強化」を約束したのです。

③首相談話を受けての文科省初中局児童生徒課長・教育課程課長による通知(令和元年8月30日 元初児生第13号)では、談話をふまえ、文部科学省として「これまでも学校の教育活動において、児童生徒の発達段階に応じて、例えば人権に関する指導を行う際にハンセン病について扱われてきているところですが、各位におかれても本談話の趣旨を御理解いただき、ハンセン病に対する偏見や差別の解消のための適切な教育の実施について御協力をお願いします」としています。

公的な文書に限定してお示ししました。「人権教育・啓発に関する基本計画」(2002年 閣議決定)など、文末の参考資料で参照していただければと思います。

二 人権教育として大切にしてほしい視点

(1)「広がりを期して」

文科省通知が指摘するように、「これまでも学校の教育活動において」「人権に関する指導を行う際にハンセン病について」の教育が、取り組まれてきました。 これまでの、先生方の熱心な努力と営為に、心から敬意を表したいと思います。 そのうえで、全国の自治体、学校、地域において、「患者・元患者やその家族がおかれていた境遇を踏まえた人権啓発、人権教育などの普及啓発活動の強化」(首相談話)という約束を念頭においた人権教育が、これまで以上の一層の推進と広がりをもって、期待されているといえます。

(2)「人権感覚を育む」

人権教育においては、これまで、知的理解とともに、「人権感覚」の育成をお願いしてきました。 人権感覚とは、「人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じ、反対に、これが侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような、価値志向的な感覚」「人権感覚が知的認識とも結びついて、問題状況を変えようとする人権意識又は意欲や態度になり、自分の人権と共に他者の人権を守るような実践行動に連なる」(「人権教育の指導方法等の在り方について[第三次とりまとめ]」文部科学省2008年)と説明されています。

ハンセン病問題をめぐる学習をとおして、自身の人権課題に関わる知的理解を深めるとともに、人権感覚を育み、ハンセン病問題をはじめ、さまざまな人権課題のもとで、生存と尊厳の危機に苦しむ人々に目を向け、自身の課題としてゆく教育活動の広まり、人権教育の一層の推進が、期待されています。