NITSニュース第139号 令和2年8月21日

憚らず議論する『チーム力』が命を救う

宮城教育大学 防災教育研修機構 副機構長・准教授 小田隆史

「侃々諤々」(かんかんがくがく)とは、遠慮せずに正しいと信じる意見を主張し合うこと。 それができる職場の雰囲気づくりがリスク・マネジメントの基本だと、宮城県南三陸町立戸倉小学校の麻生川敦校長(当時:現・多賀城市教育長)の経験から教わりました。

校長は、海岸から300mほどのこの学校に2009年に着任した頃から、津波避難について気になっていたそうです。 津波の恐ろしさは認識しつつも、いざ警報が出たら校舎屋上か、はたまた学校から内陸にさらに400m離れた高台か、避難先を考えあぐねていたといいます。

隣接する保育園児も戸倉小に避難してくるマニュアルになっていました。 園児は大人よりもずっと遅い速さでしか避難できないため、地震発生から津波が襲う時間が短いケースを考えると、屋上避難しか選択肢はないのでは、と気になって仕方がなかったと振り返ります。

他方、地元出身の女性教諭は「3階建の校舎屋上では不十分。津波を軽視してはいけない」、そう強く主張し続けていました。 津波常襲地域に育ち、子どもの頃から「できるだけ高いところへ」の避難原則を繰り返し聞かされてきたという教諭は、意見を曲げませんでした。

議論は、職員会議だけでなく雑談など、何気ない場でも重ねられた末、一方に絞るのではなく、学校の安全計画では両方を記載した状態で、東日本大震災の当日を迎えます。 経験したことがない揺れと大津波警報で、高台そしてその上の神社へと迅速に避難場所を変え続け、避難した子どもは全員助かりました。

校長自身の日頃からの危機意識と日常的な意見交換、それらを判断材料に下した決断が子どもを救った好例ですが、同じぐらい注目すべき点は、校長に対して臆さず、考えの再考を促す直言をいとわなかった教諭の行動と、それを可能にした職場の雰囲気です。

自分が正しいと思う点を遠慮しないで断言する「アサーティブ」な態度は、医療や航空業界などでヒューマンエラーを回避するため、重要視されます。 日頃から複数の視点で、望ましくない状態を認めたら、立場を超えて、遠慮なく指摘し合う姿勢が必須だと植え付けられているのです。

命を預かる組織では、機長と副操縦士、医師と看護師など職位や職階を超えて、懸念事項や、理想の安全策などを憚らず議論する「チーム力」が常に問われています。 徹底的な安全追求という価値と目的を共有し、個人を中傷しているのではない、という前提を皆が認識している「心理的安全性」(psychological safety)の確保が鍵となります。

皆が自由に発言できる職場の雰囲気、そこで指摘された内容を検討材料に、最後は管理職が判断を下し、その責任を引き受ける。 そういう日常的なプロセスが備わってこそ、上意下達は有効に作用するはずです。

戸倉小の例は、部下、チームを支える奉仕型の「サーバントリーダー」の本質を軸に行動した麻生川校長が、理想的な職場環境を醸成し、その中で命令に従うのではなく、参画意識を持った教職員集団が各自の叡智を最大限発揮したものです。

皆さんの組織ではどうでしょうか? 新型コロナの影響により、「飲みニケーション」の機会が減ると、思いの丈を吐き出せないと嘆いている人も増えているかもしれません(私もそのひとり)。 侃々諤々、校長室、職員室でいつでも本音を交わせる環境づくりは安全管理の基本。 それができているか、三密な飲食に頼れない今こそ再確認したいものです。