NITSニュース第137号 令和2年8月7日

地域連携を通して、子どもが大人と出会う意義

島根大学 准教授 中村怜詞

地域社会と連携して学ぶことの意義は何でしょうか。 複数ありますが、今回は多様な大人と出会うことの価値についてお伝えしたいと思います。 多様な大人と出会うことは子どもたちに多くのものを与えますが、特に2つ取り上げたいと思います。

1つ目は、子どもの市民性を育むことです。 言うまでもなく、子どもたちは将来大人になって、私たちが暮らす地域社会の担い手になります。 しかし、そのような自覚を持っている子どもは少数だと思います。 総合的な学習の時間で地域課題解決に取り組んだとしても、主体的に課題解決に取り組むことが出来る生徒はそれほど多くはありません。 自分の所属する地域の課題であったとしても、どこか他人事のように感じてしまうところがあります。 そのような子どもたちに、「自分事として地域の課題を考える」よう指示をしても効果はありません。 子どもたちは自分自身が直接関わっていることや、自分と近しい人が抱えている課題には当事者意識を持つことが出来ます。 子どもたちが地域に出て、多くの大人と交流・協働する機会を設ければ、関わる大人が取り組んでいる課題に、大人を通して繋がることが出来るのです。 また、社会課題への当事者意識だけでなく、「コロナ禍における観光振興」のように、関わる人ごとに多様な価値観を持つような社会課題に、大人と対話的・協働的に取り組む中で、子どもは多様な価値観を受け入れたり、社会に関わる自分を作り上げたりしていきます。 これらは主権者教育としての価値と言えるでしょう。

2つ目は、キャリア形成における価値です。 キャリア教育の中では、これまで職業キャリアを中心とした「ワークキャリア」が意識されていましたが、近年では、ワークキャリアを含むより広義の「ライフキャリア」が注目を集めています。 ライフキャリアとは「生涯の過程において,個人によって演じられる役割の結合と連鎖」(Super, 1980)と定義され、仕事、家庭、地域、ボランティア、趣味など、人生を彩る多様な役割や経験の積み重ねを指す言葉です。 地域と連携した学びの場を作っていくことは、「ライフキャリア」の視点から考えた時にも意義や価値を有すると思います。

将来の在りたい姿や、そのためにどんな力を身に着けておく必要があるのかを考えるためには、多くのロールモデルと出会うことが有効です。 我々教師が「社会人基礎力として重要な3つの力を・・・」などといくら丁寧に伝えても、生徒たちにとってリアルで説得力のある言葉にはなりません。 「あんな大人になりたい」と思える大人に出会い、その大人がどんな生き方・働き方をしているのか。どんな力を発揮しているのか。 それを目の当たりにすることで、将来のありたい姿を描くことが出来るようになったり、社会に出るまでにどんな準備をしていく必要があるのかを考えられたりするようになっていきます。 また、「仕事」や「地域」など、多様なフィールドで大人と関わることで、子どもたち自身が形成していくライフキャリアにも複数の役割があることを認識していけるようになるでしょう。

2018年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが行った調査によると、社会性、主体性、協働性、探究性などの所謂非認知能力を伸ばすことが出来ていた子どもたちは、日常的に問う、問われるような関係性を築いていたり、互いの挑戦を応援しあうような安心安全な環境に身を置いていたりするなど、「学びの土壌」とも言えるものが整っていたことが明らかになっています。 更に、子どもたちの「学びの土壌」を耕すのは、周囲の大人の在り方だったと報告されています。 つまり、周囲の大人自身が日々挑戦をしていたり、前年踏襲でなくより良いものを探究し続けていたりするような大人たちだと、子どもたちはその空気の中で触発されて育っていくのです。 「素敵な大人」と出会い、対話したり協働したりすることは、子どもたちの成長にとってカギになるのです。