NITSニュース第136号 令和2年7月31日

『スクール』のカリキュラム・マネジメント

奈良教育大学 教授 赤沢早人

新学習指導要領のもとで各学校が実施することを求められているカリキュラム・マネジメントについて、一般的な行政説明や教員研修とは違った切り口で考えてみたいと思います。

子ども向けのスイミングスクールのことを思い浮かべてください。
ご自身が子どもの頃に通われた方もいらっしゃると思いますし、お子さんを通わせておられる/おられた方もいらっしゃることでしょう。
子どもスイミングスクールは、言うまでもなく水泳教室です。 保護者は、一定の月謝を払って、子どもが「泳げるようになる」ことを期待します。 スクール運営者も、利用者である子どもが「泳げるようになる」ことを目標として、様々なトレーニングのコースやプランを計画し、実施します。

通常、スイミングスクールは等級制を採用しています。 水に慣れる段階から、4泳法を順番に修得する段階を経て、最終的に競技水泳の段階に到達します。 等級は、年数回の検定試験の機会に、泳力などに関する詳細な評価指標に基づいて決定されます。 スクールに通う子どもたちは、検定試験の合格を目指して日々の練習に励むなかで、「泳げるようになる」のです。

もちろん、スイミングスクールは泳力の育成だけを目標にしているのではありません。 スクールのウェブサイトを見ると、例えば、「幼児の感覚の刺戟や脳の発達」「全身運動を通じた心肺機能の向上」「チャレンジ精神や自信」なども、スクールの目標として掲げられているのは事実です。
にもかかわらず、子どもをスクールに通わせる保護者の多くは、第一義的な目標として、子どもが「泳げるようになる」ことを期待するでしょう。 確かに心肺機能も高まるかもしれませんし、チャレンジ精神や自信も育まれるかもしれませんが、やはり泳げるようにならなければ、子どもをスクールに通わせている甲斐がないと考えるのでないでしょうか。

ですから、スクール運営者は、できるだけ多くの子どもたちを「泳げるようにする」ために、泳力を順次高めていくためのコースを設定し、等級ごとのトレーニングのプログラムを編成し、コーチによる詳細な指導プランを開発するわけです。 副次的な効果として、ウェブサイトに掲げているような目標に迫ることもあるでしょう。 しかし、やはり泳げるように子どもを指導できなければ、スクールは倒産してしまいます。
つまり、スイミングスクールには、「泳げるようになる」という明確な目標に支えられた各種の教育計画の編成・実施・評価・改善というカリキュラム・マネジメントが、当然のように実施されていると言えます。

ここで視点を学校に戻しましょう。
保護者は、子どもが「どのようになる」ことを期待して、子どもたちを学校に通わせているのでしょうか。 子どもたちは、何を目標にして、日々の学校生活での学習を積み上げていくのでしょうか。 学校が編成している各種のコース(学科、学年など)、プログラム(年間指導計画、年間行事予定など)、指導プラン(単元計画、月案、週案、日案、本時案など)は、いったい何の目標の実現に向けて実施されているのでしょうか。

実は、こうした視点をもとに各学校が自律的に教育活動を計画し、実施し、評価し、改善していくことが、いま言われているカリキュラム・マネジメントにほかなりません。 カリキュラム・マネジメントの大原則は、スイミングスクールが「泳げるようになる」という目標を掲げているのと同様に、各学校が、「本校で所定の学習を行えば、こういうことができるようになる/こういう考え方が身につく/こういう人間性や社会性が涵養される」という第一義的な目標を具体的に掲げることにあります。
もちろん、公的機関である学校が、私設のスイミングスクールとは違うことは言うまでもありません。 公教育を担っているだけに、私設のスクールのように特定の目標を具体的に絞り込むことがきわめて難しいことも事実です。

しかし、そこで思考を止めてしまったら、カリキュラム・マネジメントは実施できません。 「知・徳・体のバランスのとれた育成」という公教育の本旨に則り、学習指導要領や各種法令等に基づきながら、そうであるがゆえに、そうであるがこそ、各学校は、在籍している子どもたちに共通に高めていきたい目標を具体化していく必要があります。
学校によっては、「言語力」や「表現力」などの能力を最優先するかもしれません。 こうした能力にしても、言語や表現に関して「どんなことができるようになる力なのか」をさらに具体的に示すことができないと、個別の指導計画は立てられないでしょう。
別の学校は、「自己肯定感」や「チャレンジ精神」、あるいは「自主性」などの資質の育成を掲げるかもしれません。 もしそうであれば、各教科の授業、行事、生徒指導、学級指導など、学校が編成・実施するすべての教育活動は、こうした資質の実質的な育成に向けてアレンジされることになるでしょう。

ことほどさように、新学習指導要領のもとでの学校にとって、「本校は(知・徳・体のバランスのとれた育成は当然のこととして)どんな資質・能力の育成に特に力を入れているのか」を示すことが何よりも大切です。 各学校がこうした取り組みを「やらされ仕事」ではなく自立的・自発的に進められるようであれば、それをカリキュラム・マネジメントなる御大層な名前で呼ぶかどうかは別として、新時代の学校として胸を張って教育活動を展開していくことができるのではないでしょうか。