NITSニュース第129号 令和2年6月12日

いじめ重大事態の現状と課題

神田外語大学 客員教授 嶋崎政男

(1) いじめ重大事態の現状

いじめを主因とする自死問題の減少、早期発見・早期対応に繋がる認知率の上昇等、文部科学省を先導に、各教委・学校等の尽力の結果、いじめ問題への取組は成果を上げています。 しかし、残念なことに、今、多くの学校・教委が重大事態への対応をめぐって、困難を抱え、疲弊しきってしまう現状が各地で散見されます。

私自身、9つの自治体の第三者委員会に関わらせていただき、29件目の事案に取り組んでいるところですが、自死(未遂も含む)問題は5件、大半は不登校事案です。 児童生徒の尊厳を傷つけるいじめは絶対にあってはならないし、その影響に軽重はありません。 ところが、その原則に疑念を抱かせるような「重大事態」の発生が相次いでいます。

「悪口を言われているような気がした」「自分の意見が否決された」「睨まれた」等の訴えに加え、「勉強を教えた」「励ました」等の好意による行為までが「重大事態」と認定されています。 男女交際のもつれによる一連の発言も、第三者委員会の議論の俎上に乗ります。 「疾病利得」(症状を示すことで何らかの利益を得る)ならぬ、「いじめ利得」(成績アップや進級・卒業の保障等の要求)を感じさせる事案や、被害を訴える保護者による、加害者とされる児童生徒への傷害・脅迫等のハラスメント(「いじハラ」)も見られます。

(2) 「過剰訴え」・「後付け」増加の背景

過剰とも思えるいじめの訴えや、後になって「実はいじめがあった」との「後付け」の背景には、「子を想う親心」が筆頭に挙げられますが、「いじめの定義」もよくやり玉にあげられます。 「被害者の主観に依拠しすぎ」との批判です。 この批判には反論があります。「これ以上の定義は難しい」と考えます。 「心身の苦痛を感じる」は当人にとって心理的事実です。そう感じさせる「心理的又は物理的影響を与える行為」は客観的事実です。 「心理的事実の受容・客観的事実の検証」は生徒指導の基本原則の一つです。 「まずは心理的事実をしっかり受容する」という姿勢は、いじめの早期発見のキーポイントになっています。

重大事態の増加には、世の中の風潮が大きく影響していると思われます。 9年前に起こった、父親が娘の教室で同級生に暴力を振るった事件は大々的に報道されました。 今なら小さな扱いでしょう。 法的な思考・判断・対処が求められる「法化社会」は、いじめの防波堤として急速に拡張されました。

学校は「法化社会」への備えが十分ではありません。 多くの学校はいじめの危機管理を着実に進めていますが、重大事態の審議では、基本的ミスがしばしば指摘されます。 例えばアンケート。 ①複数検証、②管理職決裁、③ブリーグラム(ソシオグラムに倣った関連図)の作成が十分でないケースが目立ちます。 記録のとり方も、①俯瞰性、②具体性、③事実性の要素に欠けている点が気になります。

(3) 重大事態調査・対応の課題

調査に当たっては、多くの委員の方から、①被害を訴える者の利益保護に偏りすぎている、②被害者側の要因を扱うことがタブー視されている、③被害を訴えた側が納得するまで長い時間がかかる、④調査には莫大な時間と費用を要している、などの意見が出されています。

こうした意見は、国会議員の先生方の勉強会及び文部科学省の「いじめ防止対策会議」でお伝えさせていただきましたが、その折、次の点を最も強調しました。 「いじめ対応では被害者保護・支援最優先が原則ですが、保護者の過剰な訴え等のため、1年間に4名の教員が休職したり、校長が暴力被害を受けたりする事例もあります。 一方、被害を訴える保護者が関係教員の処分を求めることも多く、教職員の士気に大きな影響を及ぼしています。 このような状況には『後付けいじめ』や『いじめ利得』が絡んでいることが多く、決して被害児童等の利益の保障に繋がっていません。 教職員が安心して子供最優先の教育に専念できるよう、叱咤激励と共に不当な訴え等に対しては厳正な対処ができる環境を整えていただきたい。 『大人の最悪の利害の相克』から『子供の最善の利益の保障』への転換が図れるよう強くお願い申し上げます。」

(4) 追記

「いじめ利得」「いじハラ」等、きつい言葉を使いました。批判も受けました。 しかし、「今、提起しておかないと取り返しがつかなくなる」気持ちの方が勝りました。