NITSニュース第73号 平成31年1月11日

地域と共に創る教育―隠岐島前高校の探究的な学びが目指すもの―

島根大学教職大学院 准教授 中村怜詞

島根県立隠岐島前高校(以下島前高校)は教育の魅力化を掲げて地域連携型のキャリア教育に10年間取り組んできました。島前高校は本土から日本海に60キロ、フェリーで約3時間の場所に浮かぶ隠岐島前地域にあります。生徒数が激減し、学校が統廃合の危機にあったところから教育魅力化プロジェクトが始まりました。
島前高校は生徒と地域を自立させる教育を掲げており、そのために①主体性②問題発見解決力③多文化協働力④キャリア形成意識⑤基礎学力の5つの力を地域と協働した教育活動を通して育むことを目指しています。これらの力を育むために取り組んでいることは主に3つです。

1つ目は多文化空間の実現。島前地域の子どもたちは保育園から中学生まで同じ空間で過ごしており、多様な価値観に触れたり新たな人間関係を一から築く機会が乏しくなりがちです。そこで全国から意欲ある生徒を募集する島留学を実施することで、多様な生徒が混ざる環境を創出しました。

2つ目は地域問題解決型の探究学習です。1年生の3学期から2年生の2学期まで1年間かけて探究活動を進めていきます。島前地域は幸いにして少子高齢化や医療問題などあらゆる問題を抱え込む課題先進地域であり、生徒たちは世界最前線の問題にリアルに向き合うことが出来ます。そして、実際に地域でその問題に向き合っている当事者たちと協働する機会を得ることで、自身の当事者意識を醸成することも出来ます。生徒には単なる課題解決の提案で終わらずに実践することまで求めています。提案までのレベルで終わる場合、本当にその解決策が地域のためになっていないものや、独りよがりなものでも成立します。

しかし、実践まで行い、地域の方と協働する場合には地域の方たちの求めていることを丁寧に聞き取り、地域の方にとって受け入れやすく、共に取り組む価値があると思っていただく必要があります。問題解決の過程で生じる責任や取り組みに対する周囲からの評価が生々しく、プレッシャーになります。そして、実際に大人になってから行う問題解決は責任やプレッシャーが伴うものです。

3つ目は、生き方・あり方の探究です。高校の進路面談では「将来の夢は」「どんな仕事がしたいの」「どこの大学に行きたいの」などと問うことが多くあります。そして、このような良くある問こそ生徒を追い詰めてしまいます。自分や社会について理解していない中でこのような問いを重ねられていくと、答えを出すために、知っている職業の中から無理やり夢を創り出す生徒がいます。自分の将来の生き方や在り方を考えるためには、社会で活躍している大人たちと豊富に交流したり、多様な体験を重ね、丁寧にリフレクションをしていく必要があります。リフレクションでは、体験の際に心が動いたことや、何故心が動いたのかを丁寧に振り返ることで、自己理解を深めていくことが出来ます。

地域社会と連携したキャリア教育をしていくことで、生徒たちのソーシャルキャピタルも蓄積されていきます。学校内外を問わず、多様な大人と関わり協働していく中で、信頼できる大人や尊敬できる大人と繋がっていくことが出来ます。生徒にとって学校外にも自分の居場所が豊富にあることは、彼らを支えます。

最後に、地域と連携する際のヒントを3つお伝えしたいと思います。1つ目は、出来る人から始めるということです。学校全体で地域と連携を目指しても、学校内には多様な考え方の人がおり、反対する人もいます。全員を納得させてから動こうとするとなかなか進まないため、思いもあって行動も出来る少数精鋭でまずはスタートを切ることが大切です。
2つ目は、地域の方と学校とで共通のvisionを作成して一緒に課題達成をしていくことです。協働体制構築初期は、問題解決をしていくことでより良い学校を創ろうという動きになることが多く、実際に問題を解決できると、地域連携の機運が一気に高まります。
3つ目は、コーディネーターを学校に入れることです。先生方は忙しく、地域連携を進めていくための連絡・調整などに時間を割いていくことが簡単ではありません。外部人材を頼ることも大切です。

拙い話ですが、皆さまが社会に開かれた教育課程を実現するヒントになれば幸いです。