NITSニュース第242号 令和7年3月21日

私たちのエージェンシーを見つけ育もう

福井大学大学院連合教職開発研究科 教授 木村優

「子どもたちのエージェンシーを育もう」「そのためには教師エージェンシーも大切だ」といったように、エージェンシーという言葉を教育界で最近よく耳にするようになりました。

しかし、なかなかつかみ難いエージェンシーという言葉。なんとなくエージェンシーを「主体性」、あるいは「主体的な行動」として捉えている/使っている方も少なくないのではないでしょうか?「主体性」と「主体的な行動」、言葉・概念の意味として半分くらいは正解、的を射ていますが、エージェンシーにはもう少し深い意味があります。

言葉の意味を先に確認しておきましょう。英語のエージェンシーAgency は「行動 Act」の派生語で、ある行動にともなって生じる「作用」「働き」「力」を意味します。そして、その「行動」が人とのかかわり、つまり社会関係に広がることで「代理行為」という意味に広がります。ここでいう「代理行為」が組織的ですとそのまま「エージェンシー」、個人や特定集団になると「エージェント」に転じます。「エージェント」でしたら私たちにとってなじみ深いですね。私たちはたくさんのエージェントに囲まれて暮らしています。転職エージェント、人材紹介エージェント、最近では AIエージェントなど、これらのエージェントは私たちの代理になって責任をもって適した転職先や人材や自動化業務を探してくれます。

次に学術的な概念を少しだけ確認しましょう。エージェンシーは社会学と教育学で重要概念として鍛えられてきました。まず、社会学の主要論点の一つが社会の「構造」と人間の「主体」との関係です。社会学では長らく、人間は自らつくったルールや規範、ジェンダー、社会階級、職業といった「構造」によって活動が縛られる存在とみなされていました。しかし、社会学の巨匠アンソニー・ギデンズが看破したことは、人間は社会の「構造」を意図してつくり変えることができるということです。この変革に向けた意図的な行為こそがエージェンシーなのです。

教育学では、ラテンアメリカでリテラシー教育を推進したパウロ・フレイレがエージェンシーに着目しました。彼が明らかにしたのは、社会が「抑圧者」と「被抑圧者」の二項関係構造を生み出し、双方が不正や搾取や暴力等によって「非人間化」していく由々しき事態でした。そこで、抑圧状況から人間を「解放」していく力としてエージェンシーが求められたのです。そしてフレイレが提起したのは、抑圧されている人間が現実状況を意識し、立ち止まって思考し始め、自らの抑圧された「声なき声」を、対話の中で発していくことでした。このフレイレの提起を受けた批判的教育学者のヘンリー・ジルーは、対話の中で「エージェンシーに向けた物語り」が必要になると説きました。より良い変革に向けた意図的で意識的な行動を「声」に出し発することで、人間は自らの変革と解放の力であるエージェンシーに気づき、それを育むことが可能になるわけです。

上記を踏まえるとエージェンシーは「社会・世界の代理となって、責任をもって意図的・意識的に社会・世界をより良く変革し解放する力」と捉えられます。この「より良く」という意味で、エージェンシーはより良い状態を意味する「ウェルビーイング」とセットの概念で、さらに「社会・世界」という意味で、物理的・時間的なつながりを意味する「エコシステム(生態系)」ともセットの概念です。子どもたち、そして私たち教育者たちが互いに暮らす社会・世界のウェルビーイングを実現するために意図的・意識的に変革と解放に向けた行動を起こす、これがエージェンシーであると同時に、エージェンシーを育むためにはそうした行動の経験を声に出し合い意味を探り合う「対話」が必要になるのです。

さあ、もう一度、声に出して、考えてみましょう。「子どもたち/教師たちのエージェンシーを育もう」、そのためにどのような実践を試みましょう?あなたのエージェンシーをぜひ、声に出して見つけてください。そして、仲間と一緒に、子どもたちと一緒に、大人たちと一緒に、「エージェンシーに向けた物語り」を始めてください。