NITSニュース第241号 令和7年2月21日
単元内自由進度学習
上智大学総合人間科学部教育学科 教授 奈須正裕
自由進度学習は、学習の個人差に関する心理学的な研究を背景にもちます。
その第一は、ジョン・キャロルが1963年に提起したモデルです。彼はまず、誰でも十分な時間さえかければ、どんな学習課題でも習得できると考えました。そして、現に生じている学習の個人差は、各自が必要としていた学習時間に対し、実際に費やされた学習時間が十分であったかどうかに依存すると考えたのです。
従来の授業では、教師は「5分でやってみましょう」と言い、5分後には「まだ終わっていない人も鉛筆をおいて」と活動を打ち切らせてきました。しかし、それでは7分あればしっかりとした考えが持てる子は、その後の話し合いに参加できません。話し合いで活躍できる子とできない子の違いは能力ではなく、必要とする学習時間の違いなのです。その子に必要な学習時間を保障する自由進度学習の発想は、ここから生まれました。
第二は、1957年にリー・クロンバックが提唱したATI(適性処遇交互作用)です。彼は、指導法や教材の効果が、個人の学習特性や認知特性によって異なることを発見しました。従来の授業は、たった一つの指導法や教材で展開されます。ATIは、うまく学べていない子どもも、別な指導法や教材でならうまく学べるかもしれないという視点と、多様な指導法や教材を選択肢として準備することが望ましいという原理を提起しました。うまく学べないのは能力がないからではなく、その子の学び方や考えの筋道に適合した指導法や教材と出合えていないからなのです。
その後、ウィスコンシン大学のIGE、ピッツバーグ大学のIPIなど、研究機関を拠点に教育方法の開発が進みます。自由進度学習という名称は、個人差を時間に還元するキャロルモデルと親和性が高いのですが、多くはATIの視点を取り入れ、質的な特性の違いにも目配せしていました。多様な教材や学びの筋道が準備され、それらを教師と相談しながら子どもが選択し、組み合わせ、各自のペースで学び進めるといった具合です。
こういった動向を受けて、1970年代後半に国立教育研究所の加藤幸次氏が愛知県東浦町立緒川小学校など複数の学校現場と組んで開発したのが、今日「単元内自由進度学習」と呼ばれる教育方法です。
キャロルモデルからも明らかなように、自由進度学習は一単位時間で構想するものではありません。単元を基本に、さらに学期や学年を越えて無学年的に展開する学習をイメージさせますし、欧米ではそのような取り組みも存在します。これを「早修」と呼び、飛び級などもこの考え方に立脚します。
一方、「単元内自由進度学習」は、日本では学習指導要領が学年ごとに目標と内容を定めていること、生活面でも学習面でも学級が基盤であることなどから、早く学び終えた子も、どんどん先に進む早修ではなく、その単元での学びを発展課題への挑戦や仲間との学び合いによって深める「拡充」を選択しました。自由進度学習の考え方自体は欧米の個人主義に基づきますが、それを日本の風土に合ったものに改良したのです。
自由進度学習は、精緻な理論を背景に、研究機関と学校現場の長期にわたる協働の中から生まれた教育方法です。したがって、まずはしっかりと学び、基本に忠実に進めることが肝要です。食べたことのない料理を、レシピも見ずに作ってはいけません。NITSのセミナーや提供する情報が、みなさんの実践開発に役立てば幸いです。