NITSニュース第237号 令和6年10月22日
教育をつなぐ〜幼児期から小学校へ
國學院大學人間開発学部 教授 鈴木みゆき
2006年に改定された教育基本法には、「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」と示されました。近年様々な研究の成果からも、乳幼児期に温かな愛情と質の高い幼児教育を受けることが、その後の発達に重要であるだけでなく、人生の長期にわたって学業や職業の選択、そして生活全般に良い効果を与える(注1)とされています。
今でこそ「Starting Strong (OECD) (注2)」や「非認知能力」が大切と言われ、幼児教育の意義を否定する人はいないと思いますが、それでもまだ幼児期の教育のねらいや内容は充分理解されているとは思えません。今回、文部科学省は「今後の幼児教育の教育課程、指導、評価の在り方に関する有識者検討会(注3)」で最終報告をまとめました。筆者も委員の末席を務めていたので、「遊び」を視座において、幼児期の教育の視点から書いてみたいと思います。
乳幼児期は特定の人(養育者)との愛着関係を築き、身体諸機能の発達と共に身振り手振り、言葉やコミュニケーションの力を蓄えていきます。乳幼児自身が自発的、能動的に身の回りにある人やものと出会い関わりながら、生活に必要な能力や態度を身につけていくのです。言い換えれば幼児期は直接的・具体的な体験を通して感性や気づき、試行錯誤を経て、「知識・技能」や「思考力、判断力、表現力」の基礎、そして「学びに向かう人間性」を身につける時期なので、幼児教育にかかわる幼稚園教諭、保育士、保育教諭等(以下保育者)は、幼児の興味、関心を踏まえた上で、魅力的な環境を意図的・計画的に作っていくことが求められます。主体としての幼児が、その思いを汲み取った保育者による計画的に構成された環境のもと、好奇心、探究心、試行錯誤等しながら能力や態度を身につけていくのです。それゆえに幼児教育は「遊びを通した総合的な指導」「環境を通した指導」と呼ばれています。
では「遊び」とは何でしょうか?今回の報告書に「遊びの本質は、人が周囲の事物や他の人たちと思うがままに多様な仕方で応答し合うことに夢中になり、時の経つのも忘れ、その関わり合いそのものを楽しむこと」と記されています。この「遊び」はそのまま「学び」としても通じます。幼児期の子どもたちは遊びの中で気づき、感じ、知りたいと思う気持ちが思考力、判断力であり知識・技能の基礎に結びつくのです。
こうした体験を踏まえ就学するわけですが、まだ幼児教育側の発信も充分ではなく、小学校側も「5領域」や「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」との関係への理解、実践が難しいという声も多く、「幼保小架け橋プログラム(注4)」も全国に周知されているとは言えません。この拙稿をご高覧くださっている先生方には是非とも地域で幼保小の連携を図り、「遊びは学び」である幼児教育をご理解いただくとともに、「架け橋プログラム」の実践を通して滑らかな接続の実現をしていただければと思います。
幼児期の子どもたちが一心不乱に遊ぶ中で見せる笑顔が、就学後自ら考え探究していく力につながることを信じ、微力ながら私も幼児期と就学以降の教育をつなぐ面白さ、深さを伝えていきたいと思います。
- 注1ジェームス・J・ヘックマン著.古草秀子訳『幼児教育の経済学』東洋経済出版社.2015
- 注2『Starting Strong II: Early Childhood Education and Care (Starting Strong: Early Childhood Education and Care)』OECD Publishing.2006
- 注3今後の幼児教育の教育課程、指導、評価等の在り方に関する有識者検討会:文部科学省 (mext.go.jp)/2024年10月5日取得 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/189/index.html
- 注4幼保小の架け橋プログラム:文部科学省 (mext.go.jp)/2024年10月5日取得 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youchien/1258019_00002.htm