NITSニュース第235号 令和6年8月22日
『学業指導』をご存じですか?
日本大学文理学部 教授(教職センター長)藤平敦
「学業指導」とは昭和40年代に旧文部省が中学校及び高等学校における生徒指導の本来の意義(「一人一人の生徒が学校生活を意欲的に送れるように援助をすること」)であるとしています。
一方、昭和39年は少年非行の第2のピークとも言われ、当時、旧文部省は非行防止対策として生徒指導研究推進校を設置したり、生徒指導を専門的に担当する教師の養成として、生徒指導主事講座等を開催したりしています。このように、当時から学校での生徒指導はどちらかというと課題のある生徒を対象とした矯正的な面に重点を置く傾向が見られていました。また、学習指導は、知識・技能の面を重視するなど、生徒の知的教育に重点を置く傾向が見られていました。しかし、学校教育の目標がすべての生徒の人格形成と社会的自立であるならば、非行防止対策や生徒の知的な側面のみに焦点化してはならず、一人一人の生徒の意欲や協調性などの非認知能力を育む必要があります。このような偏りを是正し、本来の学校教育の姿にするための前提として「学業指導」の必要性が掲げられました。
国の生徒指導の指針を示している「生徒指導提要」の前身である「生徒指導の手びき」(昭和40年)では、教育課程における生徒指導の位置づけを明確にしています。それによると「生徒指導は、教育課程だけでは足りないところを補う役割をもつとともに、教育課程の展開を助けることにも貢献するものである」としています。ここに「学業指導」のエッセンスがあります。
小学校段階の生徒指導も視野に入れた「生徒指導提要」(令和4年12月改訂)では、生徒指導の構造をこれまでの3層構造(未然防止・初期対応・事後対応)を新たに4層構造に発展させています。特に、二つの未然防止の一つである層1(発達支持的生徒指導)の段階を重視しています。重視するポイントとして「すべての児童生徒を対象にする」「主語は児童生徒であり、教職員は彼らを支える働きかけをする」「日常的な教育活動を通して、児童生徒の非認知能力を育む」「学習指導と関連付けて行う」の4点を掲げています。これらのポイントは、まさしく「学業指導」の意義や進め方と合致します。
学習指導の場面で、児童生徒の学習意欲を育もうとすることは、教壇に立たれている教職員であれば、日々、当たり前のこととして行っていることでしょう。しかし、それを、あえて生徒指導の働きかけでもあると意識して行うことが大切です。なぜなら、このように意識することで、
- 生徒指導は課題を抱えている児童生徒のみへの対応だけではない
- 生徒指導は在籍しているすべての児童生徒を対象にしている
- 本来の生徒指導の意義(=学業指導)に近づく
- 生徒指導は学習指導の場面も含めて、教職員全員で行う(担当者のみが行うことではない)
というように、一般的に抱かれている生徒指導に対するネガティブなイメージからも脱却でき、教職員の生徒指導に対する負担感の軽減にも結びつくことです。
栃木県教育委員会では、かねてより、児童生徒の社会的自立に向け、学級(ホームルーム)経営等における援助(一人一人の児童生徒が学びに向かう集団づくり)と教科指導における援助(一人一人の児童生徒が意欲的に取り組む授業づくり)をする「学業指導」を全県的に推進しています。まさしく「生徒指導は学習指導の場面も含めて、教職員全員で行うものである」に結びつくことであり、今後も注目に値する施策の一つです。
現在、社会全体で「学びの多様化」を尊重し、促進する方向に向かっています。そうであるならば、各学校における一人一人の児童生徒の多様な生き方へ向けたサポートも「学業指導」であるといえるでしょう。