NITSニュース第230号 令和6年2月22日

エージェンシーの視点から考える主体性

内閣府科学技術・イノベーション推進事務局参事官/国立教育政策研究所フェロー 白井俊

1.はじめに

OECD(経済協力開発機構)は、教育分野ではPISA調査の実施機関として知られていますが、ほかにも数多くの提言や分析を行っています。本稿では、OECDが行ってきたEducation2030プロジェクトにおいて、中核的な概念として位置付けられた「エージェンシー(agency)」についてご紹介したいと思います。

2.エージェンシーとは

OECDでは、エージェンシーを、「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力」と定義しています。「自分自身や周囲に対して、積極的に良い方向に変わるように影響する能力」と言ってもよいでしょう。こうした能力は、どの子供たちも当然のように身につけているように見えるかもしれません。しかし、実際にはいろいろな課題がありそうです。

例えば、近年、不合理な校則の在り方が問題になって、見直しが行われています。ただ、こうした校則の多くは、何十年も前から存在していました。それにも関わらず、誰も指摘することがないまま、あるいは、指摘したとしても修正されないまま、現在まで残ってきたわけです。もし、生徒たち(かつては生徒だった私たち大人も含めて)がエージェンシーを発揮できていれば、教師と対話したり、保護者や地域住民を議論に巻き込んだりしながら、何らかの合理的な解決策を模索することができたはずです。実際には、それができた学校もあったのですが、残念ながら少数派にとどまっていたようです。

3.日本の教育における主体性

ところで、エージェンシーに近い概念で、日本の教育で馴染みがある言葉に「主体性」があります。主体性という言葉を教育目標に盛り込んでいる自治体や学校も、少なくないのではないでしょうか。しかし、校則の問題をはじめとして、子供たちの主体性についてはまだまだ課題がありそうです。例えば、日本財団が行っている18歳意識調査(第20回テーマ「国や社会に対する意識」9か国調査)を見ると、アメリカやインド、中国、韓国、ドイツなどの同年齢の若者と比較すると、日本の若者だけが、「自分で国や社会を変えられると思う」「自分は責任ある社会の一員だと思う」といった項目が突出して低くなっており、データからも日本の子供たちの主体性の弱さが示唆されています。

また、大人の側にも、主体性についての共通理解はあるでしょうか。実際、いろいろな機会に学校の先生方に主体性の解釈を尋ねてみると、その捉え方にはかなりの幅があるようです。例えば、①先生の指示をしっかりこなすことと、②先生の指示を超えて自分で考えて行動することは、本質的に異なると思いますが、そのどちらもが「主体性」という言葉で理解されている場合もあるようです。

4.エージェンシーの観点から主体性を考える

改めて、エージェンシーに戻りましょう。エージェンシーは、主体性と大きく重なる概念だと思いますが、その定義はより具体的です。子供たちが主体性を発揮しているとはどういう状況なのか、エージェンシーという概念を使ってもう一度別の視点から見直すことで、主体性の内実がより明確になり、子供たちの具体的な行動にもつながっていくのではないでしょうか。

こうした聞き慣れない言葉が出てくると、ついつい警戒心を抱いてしまいがちです。ただ、OECDは、こうした概念を押し付けるのではなく、あくまでも「リフレクション・ツール」として活用していくことを推奨しています。日本の伝統を大事にしながらも、別の視点から見つめ直してみて、もし足りない部分があれば修正する。そうした小さな取組の積み重ねこそが、大事だと感じます。