NITSニュース第218号 令和5年8月25日

探究的な学習への企図との組織学習の現段階

福井大学教職大学院 教授 柳沢昌一

社会変動の加速化と学習モード転換

社会変動の加速化が続く中、UNESCO、OECDをはじめとする国際機関による方向定位、そして各国の教育改革への企図において、流動的・不確実、かつ複雑・多義的な状況において協働探究を重ねつつ状況を主体的に変革する力を培う学習の実現が繰り返し提起されてきた。確立された知識(コンテンツ)の効果的伝達を中心とする構成のもと、細分化された知識習得の個人的達成を競う学習が支配的なモードとなっている教育の現状を超えて、不確定状況において多様なアプローチを探り、試行錯誤とその検証・省察に基づく再構成を重ね、コミュニケーションと協働を通して状況を展開させていく学び、時を要する協働探究としての学習を実現していくことが求められている。
直近のChatGPTをめぐる展開は、断片化された情報の「機械的」な伝達・処理をはるかに超えて、高度に構成されたテキストの脈絡・連関をビッグデータとして解析集積し、それを踏まえて問いに即したテキストを構成するAI技術の出現を意味している。与えられた正解(コンテンツ)を伝達・処理・蓄積する学習から、膨大な情報の中の文脈を探り、対話と試行錯誤を通して新たな知の文脈を構成する知に向けての転換が、機械学習の中で実現しつつあることを示している。

不安定状況への不安と防御

しかし、システムと状況をめぐる急速な変化とそれが生み出す不安定状況は、一方でそれに呼応する挑戦を促すと同時に、他方ではその状況変化が必然的に生み出す不安から、むしろ既存の編成とモードを防御し不安定さを回避しようとする防御規制の強化をそれぞれの個人、そして組織の各層に生じさせることもまた免れがたい。個人・組織の諸階層での防御の輻輳の内では、変化への積極的な対応が忌避・抑止される状況が強まることもまた一方の現実と言わなければならない。
学習の基本的なモードは、一人一人のアイデンティティとコミュニティの文化に根差し、その組織機構に支えられ(拘束され)ていることを踏まえるならば、一方で学習のモード転換への企図は加速化する前線を追い新たな可能性をひらくとともに、もう一方で、すでに厚く多重に構成された学習生態系の包括的な再編成という、より重い企図に正対しすることを避けて通ることは出来ない。もしこのもう一つのより困難な課題から目を背けるならば、加速する変動の中で、私たちの社会とその学習の断層は取り返しの付かないほど深まっていくことにならざるを得ない。

求められる変革への多重のアプローチとそのマネジメント

避けがたい輻輳する現実を見据えながら、その状況の中で、多重局面での展開とその連動の可能性を探っていくことが、長期にわたって培われてきた公教育を将来に向けてひらくために求められている。探究的な学習・協働的な自己構成としての学習の実現をめざした歴史的な、そして世界的な試行錯誤の経験と記録に学びつつ、それぞれの持ち場での企図とその経験を交流させ、事例研究を重ね、学習モードの転換プロセスとそのマネジメントの実践研究を高度化しつつ実践を組織化していくことが求められている。
そしてまた、変革に不可避に伴う防御的組織メカニズムの分析と多重の関係組織における連動する自己改革プロセスの編成、そのための組織学習研究そのものが、私たちの実践的な探究のもう一つの焦点となる。

NITSの研修改革の意義

NITSにおいて、伝達中心の研修から協働探究型の研修へのモード転換への改革が組織的に進められている。8月初旬のコア研修第1サイクルでは、3日間にわたり全国から集った先生方がそれぞれの学校・地域での取組・経験を通わせつつ、探究としての学びをめぐる協働探究を重ねた。その協働探究は、それぞれの持ち場での企図に引き継がれ、秋にもまたその交流・協働探究のサイクルが重ねられていくことになる。2年サイクルのもう一つのコア研修もまた並行して展開されていく。この夏、私は福井大学の同僚と共にコア研修出発の3日間に参加する機会に恵まれた。全国から集った先生方の真摯な協働探究とそれを支えるNITSのスタッフの協働の働きに接して、変動する社会に主体として生きる力(コンピテンス)を培う学習実現への企図、そしてそれを支える多重の組織学習マネジメントへの挑戦が、実際に展開されつつあることを実感している。
教室・学校・教育委員会・NITS、そして大学。多階層の企図を結び、されにそれを長期的・持続的な展開につなぐ構成を伴うこの企図は、学習モードの転換の重さに耐える、改革のため組織学習プロセスを支える多重長期編成アプローチへの実践的挑戦として受け止めることが出来る。福井において学校・教育委員会・大学を結ぶアプローチを重ねてきた私たちも、NITSの企図の出発に関わり、また触発されながら、より広く長い、多重の協働探究の渦の形成に向けて取組を重ねていきたい。