NITSニュース第194号 令和4年7月22日

幸せな職場はどれもみな似かよっている

山梨大学大学院 教授 平井貴美代

先日、NITSの第2回校長研修で「タイム・マネジメント」の講義を担当させていただきました。私の講義プランは、中教審の「働き方」答申(「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」平成31年1月)を手掛かりに、業務改善のヒントを既存のデータをもとに考えるというものです。

同答申については、給特法の改廃の機会を逃したことが悔やまれる一方で、現状を前提にしたときの最大限の改善の道筋を示したことを評価できるのですが、教育現場の校長先生方には、答申をじっくり分析する余裕がないように感じていました。
「働き方」改革の推進役として期待される都道府県教育委員会の取組にも、温度差があるように見えます。せっかくの機会なので、全国各地から研修に参加される校長先生方に先進事例の存在や設置者の取組の温度差を実感していただくこと、そのうえで国や設置者による条件整備にはおのずと限界があり、業務改善は各校の課題の洗い出しという手間のかかる作業と、職員各自の利害調整という困難なリーダーシップの発揮が避けては通れないのだということを再確認していただこうというのが、講義プランに込めた狙いでもありました。

ところで論考のタイトルを見て、『アンナ・カレーニナ』の冒頭の一節だとピンときた方が多いのではないでしょうか。「幸せな家庭」から始まる名言の後半は、「不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある」で締めくくられます。
今回の講義を準備する過程で、文科省の「働き方」施策や経済産業省の「未来の学校」プロジェクトで紹介される改善手法など、先進例を子細に見たところ、どれも似かよっていることに気づきました。両者の事業ではコンサルタント会社の業務改善のプロが参入しており、彼らが用いる手法は、ここ15年ぐらいの大手企業における業務改善の成功例を定石化したものがほとんどです(成功例の中には大手コンサルタント会社自身のものも含まれます)。

例えば、多くの企業で最初に取り組まれるのは、経営トップのメッセージ発信やマル%パーセント削減といった数値目標を設定するなど、「個人のタイムマネジメントセンスの向上」への働きかけですが(労働行政研究所編『長時間労働対策の実務』労務行政、2017年、108頁)、同様の取り組みは自治体や教育分野の行政でもちらほら見かけることができます。しかし、そこから一歩進んで、「時間外労働を発生させている原因」やボトルネックを見つけようとすると、業務の棚卸しや「見える化」といったコスト(時間・労力)のかかる作業を避けては通れません。
また、一般に「良いものはまねする」姿勢で情報収集することも有益とはいえ、相手を見極める必要はあります。

中教審「働き方」答申は、小・中学校教員の勤務実態調査の分析から解決策を導き出しており、同じ教科担任制がとられている中学校と高校とで、教員が担う業務の成り立ちが異なることには注意が向けられていないように見えます。両者は戦後に「新制」としてスタートしましたが、高校は教育と事務が分離した「旧制」時代のエリート教育機関の名残をとどめた形で再出発しました。教員が学校事務を担当することが法制化されていた戦前の小学校をベースに制度化された中学校と、教員の事務分担の方法が異なっているのはそのためです。また、特別支援学校では、リスク対応の観点から教育面で複数担任制がとられていることが、「働き方」改革でも強みとなっています。

筆者の見立てでは、校種を超えて「まね」できる部分はそれほど多くはありません。むしろ業務改善のヒントは、条件を同じくする(不幸=イコール制約条件を共有する)近隣の学校の小さな成功体験にあると考えています。