NITSニュース第91号 令和元年7月5日

キャリア教育の充実に向けて

文部科学省初等中等教育局児童生徒課 生徒指導調査官(国立教育政策研究所総括研究官) 長田徹

先週、富山県において「キャリア教育指導者養成研修(第一回目)」が開催されました。 全国から熱心で志の高い先生方にご参集いただき、私自身が大変勉強させていただきました。
研修にご参加いただいた先生方にはもちろんのこと、各地でキャリア教育の推進にご尽力いただいている先生方と、改めて、新学習指導要領の下でのキャリア教育の充実についてそのポイントを確認しておきましょう。 文字数の関係で、ポイントを2点に絞りました。

基礎的・汎用的はラベルでしかない

社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる資質・能力(=基礎的・汎用的能力、以下:基礎的・汎用的能力)は、その具体を各校が定めるということです。 基礎的・汎用的能力の育成につながる指導方法や学習方法、学習のルールは限りなく存在し得るものです。だからこそ身に付けさせたい力の明確化が求められるのです。 意図なく、計画なく「これも社会で重要」「これも将来は大事」とやりだせば、教師が各教科の目標を見失うだけでなく、児童生徒にとっても何を目指しているのかわからない、混乱した授業になってしまいます。

世田谷区立尾山台小学校では「○○できる」という目標設定を行っています。 主語を付け変え、語尾を上げるだけで(本人には)「あなたは○○ができる?」、(保護者には)「あなたのお子さんは○○ができる?」、(教師には)「あなたのクラスの子供は○○ができる?」と評価に直結させることをねらっています。 目標設定と評価項目にずれがあるため教育活動のPDCAサイクルが回しにくかったり、評価の負担感が大きかったりしたのではないでしょうか。 基礎的・汎用的能力は具体的に身に付けさせたい力を整理するラベルとしての役割を果たすのです。

加えて、基礎的・汎用的能力の焦点化についてです。 基礎的・汎用的能力が「人間関係形成・社会形成能力」「自己理解・自己管理能力」「課題対応能力」「キャリアプランニング能力」の四つの区分になっているからと言って均一・均等な能力設定にする必要は何らありません。 むしろ、そういった総ナメ的な設定がキャリア教育を混乱させている可能性もあります。 「どの力もうちの子供たちには身に付けてほしいものばかり」「例えば、「課題対応能力」に焦点化することによって「人間関係形成・社会形成能力」は身に付けさせなくてもよいことになるのか」などの声を聞きます。
しかし、4つの基礎的・汎用的能力は相互に関わり合っており、ハサミで切るように区分けはできません。 そうであれば、「キャリアプランニング能力」をつまんで引き上げれば、密接に関わり合っている他の三つのラベルで表される力も続いて引き上げられるものと考えられませんでしょうか。

今ある宝を今だけの宝にしない「キャリア・パスポート」

生活目標に関するワークシートや授業の振り返り票、学校行事の作文はどの学校でも大事にされていることでしょう。 また、こういった記録を教室内に掲示したり、ファイルに綴じたりして、学年というスパーンで蓄積(ポートフォリオ)できている学校も少なくありません。
しかし、学年を超えて「見通し、振り返る」ことができるように記録が蓄積されている例は多いとは言えません。 また、校種を超えてとなると、更にその数は少なくなります。児童生徒の学びは学年や校種を超えてつながっていくのに、ポートフォリオは学年で分断されているのではないでしょうか。 学年や校種を超えて、生涯にわたる学びを「見通し、振り返る」ことが今、求められているのです。

新しい学習指導要領では随所に、生涯にわたる「見通し、振り返る」活動の充実が求められています。 第1章総則には「児童生徒が学習の見通しを立てたり学習したことを振り返ったりする活動を、計画的に取り入れるように工夫すること。」と明記され、特別活動の内容の取扱いには「学校、家庭及び地域における学習や生活の見通しを立て、学んだことを振り返りながら、新たな学習や生活への意欲につなげたり、将来の生き方を考えたりする活動を行うこと。その際、児童生徒が活動を記録し蓄積する教材等を活用すること。」とされています。 生涯にわたる学習のつながりを見通しながら、自ら学習の在り方を展望していく具体的な手立てを、児童生徒が活動を記録し蓄積する教材である「キャリア・パスポート」に求めたのです。

生涯にわたって学びを「見通し、振り返る」ポートフォリオにするためには、児童生徒の記録のうち、何を持ち上がり、どんな振り返りをさせたいのか、いわゆる取捨選択、再編集をする必要があります。 一学年で何ページ分が相応しいかは一概には言えませんが、小学校から高等学校までの12年間を一冊に綴じ込むことを想定すれば、その範囲は想像に難くはありません。
学習指導要領が改訂されると新しいものが降ってくる、変えることを迫られるというイメージになっていないでしょうか。 「キャリア・パスポート」はそうではありません。 今ある宝を、今だけの宝にせず、生涯続く宝にする。そんな捉え方をしていただけることを願ってやみません。