NITSニュース第85号 令和元年5月24日

学校の近隣問題

日本女子大学 教授 坂田仰

近年、地域社会において、小中高等学校や幼稚園、保育所等(以下、「学校等」とします)の公共施設としてのプレゼンスが低下しています。昭和の時代であれば、学校等は「万人のために必要な施設である」と胸を張って言えました。しかし、令和の現在、そう断言できる教職員は果たして何人いるでしょうか。

プレゼンスの低下は数字にも表れています。学校等を現に必要としているのは、18歳未満の子どもがいる家庭が中心です。しかし、厚生労働省によれば、2017(平成29)年の時点で、18歳未満の子どもがいる家庭は全国で11,734世帯、これは全体の23.3%に過ぎません。昭和の終わり頃、1986(昭和61)年の時点では、17,364世帯、46.2%でした。それが30年ほどでほぼ半分にまで減少していることが分かります。

この変化は、日本社会における価値観の多様化と相まって、学校を近隣トラブルへと誘う可能性を有しています。従来、公共性の高い施設と考えられてきた学校等が、一部の地域住民から“迷惑施設”と後ろ指を指されるようになっているのです。

特に頻繁に起きているのが、こどもの上げる歓声等、学校等が発する騒音を巡るトラブルです。中には話し合いでは決着がつかず、訴訟にまで発展する例も散見されます。例えば、こども園騒音訴訟もその一つです(名古屋地方裁判所岡崎支部判決平成30年9月28日)。愛知県下の社会福祉法人が経営するこども園からの騒音が受忍限度を超えているとして、近隣に住む住民が防音フェンスの設置と損害賠償の支払いを求めて提訴した事案です。

判決は、最終的に住民側の訴えを退けました。「こども園の音は、侵害の態様の反社会性が大きいとはいえず、侵害の程度についても、直ちに原告らに対する侵害の程度が大きいということもできず、周辺環境を考慮しても、大きな音であるということはできないから、本件こども園の音自体について、一般的には社会生活上大きな問題がある程度に至っているとはいえない」とするのがその理由です。

しかしここで注意を要するのは、判決が、こども園の設置者が、苦情に対して「真摯な対応をとってきたということはできず」、対応に問題がなかった訳ではないと指摘している点です。設置者は、こども園の開設に当たって、周辺の住民に対して説明会を開くことはせず、建設工事による騒音に関する文書を周知したにとどまっていました。また運営を開始するに当たって、こども園から生じる騒音について具体的な配慮を行った形跡もうかがわれなかったとされています。

工場等の建設に当たって、当然のごとく取られている手順が見事に抜け落ちています。これら対応の背後に「こども園は公共性の高い施設だから」という設置者の“思い込み”、“慢心”が存在すると考えることはできないでしょうか。

学校等の存在価値、公共性は、それを判断する者の価値観によって異なった結果になる可能性が多分に存在します。学校等を必要としない世帯が8割近くを占める現在、公共性という“思い込み”を捨てるべき時を迎えています。そして、法的問題に発展する可能性も視野に入れつつ、近隣関係を一から見直していく作業が求められていると言えるでしょう。