NITSニュース第116号 令和2年1月17日

教員の継続的学びと研修をめぐる課題認識のずれ

独立行政法人教職員支援機構 上席フェロー 百合田真樹人

気候変動の影響でしょうか。パリでは例年になく暖かい日が続いています。 年明けからの気温は10度を超え,OECD本部の職員通用口の桜も五分咲きです。このまま春が来るとは思えませんが,気候の変化を予測することが難しくなりました。

21世期の社会経済環境も極めて予測が困難な状況にあります。 こうした時代認識を,Volatility(変動性), Uncertainty(不確実性), Complexity(複雑性), Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとってVUCAと呼び,予測困難な社会を前提にした様々な取り組みの検討と実践が行われています。

教員の継続的な学びを制度として捉え,その質量的な向上の方途の検討も,こうしたVUCAと呼ばれる21世紀の社会的環境変化を受けた国際的な動向です。

教員の継続的学びと研修を意味するCPL/CPDをキーワードに,教育系研究データベースで査読を経た英語で書かれた研究論文を検索すると,4,300件を少し上回る論文が登録されています。 これらの論文の刊行年別件数を分析すると,1990年代の後半までは,ほぼ研究論文が刊行されておらず,2000年前後から年に10~20件ほど刊行されています。論文数が顕著に増加したのは2004年以降のことです。

このことから,国際的には,教員の継続的な学びと研修が研究の対象となったのが,21世紀前後,特に2000年代も半ばになってからであり,関心の対象として極めて新しいことを示唆しています。ちょっと意外に感じるのではないでしょうか。

教員研修が法的に規定されている日本では,教員の継続的学びや研修を対象にした実践研究の蓄積があります。 授業研究や校内研究などの取り組みは,レッスン・スタディとして国際的にもよく知られています。このために,日本の教育政策の関係者や研究者の多くは,教員の継続的学びや研修に国際的な関心が向けられるのを,「いまさら」と感じているかもしれません。

しかし,「いまさら」と感じたところに,落とし穴があるのではないでしょうか。

先に示したように,教員の継続的学びと研修への国際的な関心の高まりは,VUCAの時代を迎え,予測困難な社会を前提にした新たな教育の役割と,そのあり方の変化への要請を受けています。 この点では,国内でこれまで行われてきた教員の継続的学びや研修とは大きく異なる「継続的な学び」が要請されています。

確かに日本には,教員研修制度の枠組みや,教師の主体的で協働的な学びの文化の蓄積があります。 しかし,こうした制度や文化はVUCA以前のある種の成功モデルが機能する時代に蓄積されてきており,21世期に入ってから国際的に関心が寄せられている「教員の継続的な学びや研修」とは,課題の前提や目的において大きく異なっています。

国際的な動向のなかには,「いまさら」と感じられるものも多くあります。しかし,その「いまさら感」は,気候変動を「四季の変化」と認識するような誤謬かもしれません。 少なくとも,教員の継続的学びと研修をめぐる国際的な関心は,教師を,VUCAの時代の要請を担う主体に位置づけ,様々な検討と実践が展開されています。

国際動向を参照する中で,それぞれの教育委員会や学校でも,それぞれの「いまさら感」を見直すことも必要ではないでしょうか。

現代の社会では,過去から蓄積されてきた成功体験に基づいた将来モデルは不確かで,予測困難な未来を,他者と共同して自律的にとらえる主体の育成を必要としています。