NITSニュース第51号 平成30年7月27日
人権教育
上越教育大学 理事兼副学長 梅野正信
平成30年度の人権教育指導者研修は、熱気と思いやりに満ちた素晴らしい時間となりました。参加された先生方、そして研修を理想的にマネジメントされた中央研修センターの方々に、担当講師を代表し、心より感謝申し上げます。4日間の研修で特に心がけていたことを、項目をあげて整理してみたいと思います。研修等の際に参考にしていだたければ幸いです。
1 研修参加者の主体的なかかわりを大切に
研修に参加される先生方に、自身の主体的なかかわりを自覚していただくことが大切です。まずもって、研修参加者に、「ご自身にとって、この研修のテーマで大切にしたいキーワードは何でしょうか?」と尋ねてみましょう。
人権教育は、①「人権尊重の精神の涵養を目的とする教育活動」(人権教育及び人権啓発の推進に関する法律第2条 平成12年)と広く定義されています。
また、人権教育の趣旨については、②「[自分の大切さとともに他の人の大切さを認めること]ができるようになり」、「人権感覚とは人権が擁護され、実現されている状態を感知して、これを望ましいものと感じ、反対に、これが侵害されている状態を感知して、それを許せないとするような、価値志向的な感覚」(人権感覚)を「具体的な態度や行動に現れる」ようにすると記載されています。(人権教育の指導方法等の在り方について[第3次とりまとめ] 平成20年)
①②ともに、私たちの社会が成員に求める「良識」の教育そのもの、として説明されていることがわかります。しかも、③「学校教育では、「生きる力」を育む教育活動の基盤として、各教科、道徳、特別活動及び総合的な学習の時間、教科外活動等」の「教育活動全体を通じて推進する」というのですから、おそらくは、参加者がどのようなキーワードをだされても、その多くは、さきにあげた、人権教育の目的や趣旨のどこかに関連しているはずです。
先生方の、日々の教育活動の中の切実な課題、個々の思いとの接点が、見いだされるはずです。人権教育の研修は、単なる伝達研修とするにはもったいない。そのことが無理なくできる貴重な機会なのです。
2 受け継がれてきた人権の言葉を思い起こす
指導講師をされる先生方には、1で紹介した、法や[第三次とりまとめ]の文言とともに、人権にかかわる戦後国際社会、また日本の文書に繰り返し記載されてきた言葉を紹介します。
- 国際連合憲章(1945年:尊厳、寛容)
- ユネスコ憲章(1945年:尊厳)
- 世界人権宣言(1948年:尊厳、寛容)
- あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(1965年:尊厳)
- 女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(1978年:尊厳)
- 児童の権利に関する条約(1989年:尊厳)
- 人権教育のための世界計画第1フェーズ(2005年:尊厳、寛容、多様性、参加型の指導)
- 人権教育及び研修に関する国連宣言(2012年:尊厳、寛容、多様性)
研修講師となった時には、参加者が思い思いに出された言葉が、戦後国際社会で大切にしてきた人権の言葉と結びついていることを、説明していただければと思います。
3 「普遍的な視点」と「個別的視点」の往還
[第三次とりまとめ]では、人権教育を、「人権一般の普遍的な視点からのアプローチ」と「具体的な人権課題に即した個別的視点からのアプローチ」として説明しています。この二つのアプローチは、たえず往還の関係であってほしいものです。
人権一般に関わる知的理解は、現にある実在する(した)、人権侵害、人権侵害に苦しむ人に思いを致すものとなってほしいものですし、同時に、具体的な人権課題の学習でも、普遍的な視点との接点を意識して欲しいものです。
「人権一般の普遍的な視点からのアプローチ」と「具体的な人権課題に即した個別的視点からのアプローチ」を往還、還流させていく視点を、大切にしていただければと思います。
4 学校を支える「人権感覚」
人権教育は、社会と学校の根底を支える教育といっても過言ではありません。
①女性、子ども、高齢者、障害者、同和問題など、「人権教育・啓発に関する基本計画」(閣議決定 平成14年及び23年)に示された個別的な人権課題だけでなく、②紛争や戦争、難民問題、貧困、虐待、ジェンダー、マイノリティをめぐる世界的な課題、③いじめや体罰の問題など、学校関係施策に示された課題のほとんどが、人権に係る課題であることに気づかされます。人権教育は、社会と学校の根底を支える教育です。
人権教育は、実際には、子どもたちを育てることだけを担っているのではありません。学校や先生方による、人権感覚をふまえた言葉や態度は、保護者や社会の学校と先生に対する信頼や尊敬を強固にしていきます。先生方によって推進される人権教育は、子どもの成長、学識、良識、規範意識を育てるとともに、保護者と地域、社会と国家の基盤を支えるものとなるはずです。人権教育は、教育基本法にある「崇高な使命」(第9条:平成18年)そのもの、社会が学校と先生方に向けた第一等の付託といって良いでしょう。
5 人権の視点が浸透する教育施策
個別法や国の教育施策には、人権に係る具体的な人権課題に係るものが少なくないことに気づかされます。主なものをあげてみましょう。
- ①生徒指導提要(文部科学省 平成22年)・・「人権尊重の視点に立って豊かな言語環境」「「自分の大切さとともに他の人の大切さを認める」人権尊重の視点に立った生徒指導」「いじめに取り組む基本姿勢は、人権尊重の精神を貫いた教育活動を展開することです。」
- ②運動部活動での指導のガイドライン(文部科学省 平成25年)・・「協調性、責任感の涵養等の望ましい人間関係や人権感覚の育成」
- ③いじめ防止対策推進法(平成25年)・・「教育を受ける権利を著しく侵害」「児童等の尊厳を保持するため」
- ④障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年)・・「基本的人権を享有する個人としてその尊厳」
- ⑤性同一性障害に係る児童生徒に対するきめ細かな対応の実施等について(文部科学省 平成27年)・・「適切な生徒指導・人権教育等を推進」
- ⑥本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年)・・「更なる人権教育と人権啓発などを通じて」
- ⑦部落差別の解消の推進に関する法律(平成28年)・・「必要な教育及び啓発を行う」
国や文科省が取り組みを進める主要な課題には、人権教育を念頭において対応の求められる内容が少なくないのです。人権教育は、学校を支える教育、社会を支える教育として要請されていることがわかります。
6 文部科学省、教育委員会資料を活用しよう
文部科学省は、学校教育における人権教育調査研究協力者会議を設置し、人権教育の取り組みを進めています。文科省のウェブサイトでは、たくさんの人権教育関係資料が提供されています。 「文部科学省 人権教育 」「人権教育についての基礎資料」→「人権教育研究推進地域・指定校」「各都道府県・指定都市教育委員会が作成する「人権教育指導資料」をご覧ください。
基本的な資料はもとより、具体的な実践、教育委員会によって作成された魅力的な資料の情報が掲載されています。研修講師として準備をされる際には、ぜひ一度、「文部科学省 人権教育」を参考にしていただければと思います。