NITSニュース第210号 令和5年3月10日

リスクマネジメント

鳴門教育大学大学院 特命教授(名誉教授) 阪根健二

1. はじめに

「危機管理」の英訳では、Crisis Managementが使われることがありますが、これは事案の発生や事態の急変における危機対応のことを示しています。しかし、事案発生後の対応だけでは不十分であり、これを広く捉えて、Risk Managementと訳すことが多くなりました。つまり、総括的な危機管理を示しており、特に平時の対応を重視しているのです。そこで、危機的な状況に対して、迅速かつ的確な対応が必要なため、様々な方策を事前に準備することが必須だといえるでしょう。

2. 事件や事故に向き合ったとき

教職員支援機構の校長・事務職員研修では、香川県坂出市立川津小学校の事例(2020年11月事故発生)を取り上げました。これは、筆者が以前管理職として勤務していた地域であり、この事故発生後には教育委員会から助言を求められたという経緯があったからです。

さて、同校の修学旅行は、それまで関西への一泊二日の旅程でしたが、新型コロナウイルス感染症の影響から、行き先を県内に変更しました。ただ、実施する上では修学旅行の理念や効果を上げるため、瀬戸内海という環境を考え、船舶を活用することとしました。その帰路で沈没事故に遭遇したのです。幸いにも、児童・教職員全員が無事に生還しました。当時の報道では、水温が高かったことやいち早く地元漁船の救助があったことなどから“奇跡”と言われました。また、沈没前に海に飛び込んだ児童などが、お互いに助け合ったことが“美談”として報道されました。

しかし、その根底には“日頃の学校実践”があったことは意外に知られていないようです。まず、修学旅行実施の決定にあたって、旅行業者との綿密な打合せがあったのです。本来、使用する船の定員から、児童ということで座席数以上の乗船が可能でしたが、児童が一席ずつ座れるように、やや大きめの船を使うことにしたのです。こうすることにより、旅行費用は高くなるわけですが、安全面が担保出来るのです。また、修学旅行直前に2回にわたり、校内行事として避難訓練を実施したり、水泳指導では着衣水泳を取り入れ、集団宿泊学習などではライフジャケットの着用訓練も行ったりしていたのです。

こうした動きは過密な学校現場の実態から、実施することが難しいと言われますが、コロナ禍で行事の延期や中止が多い中でも、理念や実施理由が教職員や保護者に浸透していたと言えるでしょう。実際、事故直後は学校に残っていた教職員全員が連携して対応しており、そこでは、保護者への緊急連絡、学校での受け入れ態勢の整備、生還した児童への声がけや細かい配慮など、校長不在時であっても迅速に対応していたのです。

3. 危機対応のポイントを整理する

以下の3点を紹介したいと思います。

①迅速な意思決定と行動

まずは最初の一手を打つことです。これによって時間に余裕が生まれ、適切な対応が可能となるのです。そのためには「事前準備」や「危機管理マニュアル」の策定や見直しが重要です。

②情報をコントロールする

情報の整理が必要です。何をどこまで誰に伝え、どれを秘匿する必要があるかを意識しないと大きな問題となることがあります。基本は情報公開ですが、その決定にあたっては、全教職員にも必要な作業であり、これによって校長の決定を最適化できるのです。

③社会的視点を意識する

学校の常識は社会の常識と乖離すると言われることがあります。これ自体は仕方がない面もありますが、あくまでも、合理的で不自然でない対応が肝要です。コミュニティ・スクールが一般的になった昨今、地域と共に解決する姿勢が重要だと言えるでしょう。