NITSニュース第190号 令和4年5月27日

『マネジメント』を学びの視点から考える

広島大学 教授 曽余田浩史

次の2つの事例は、最近よく見かける光景です。

一つ目は、4月の教員研修でのやりとりです。「『学校マネジメント』とは何でしょうか?」とお尋ねすると、ある中堅の先生が「学校教育目標を達成することです。わが校の今年度の学校教育目標は『ひと・もの・ことと主体的にかかわる子どもの育成』です。今、この目標達成のための取組みをどうするか、生徒指導部みんなで話し合って考えています。」と答えました。
「では、その『子ども』は、具体的にはどんな姿なのですか?」「そこは曖昧なんです。目標は校長先生が決められましたので。」「なぜ、校長先生はこの目標を設定したのですか?これまでの何を変えたいのでしょうか?」「年度初めに説明されたのですが、よく覚えておらず…。」

二つ目は、「総合的な学習の時間」で、「私たちの学校をよくしよう」をテーマとした「探究の学び」の授業です。まず「私たちの学校をどういう学校にしたいか?」という問いのもと、子どもたちが話し合って「笑顔いっぱいの学校にしたい」と決めました。そして、「目標を達成するためには何をすればよいだろうか?」と先生が子どもたちに問いかけると、「あいさつ運動、給食時間の音楽、ゲーム…」と取組みのアイデアが出て、それを実行に移しました。
その後、先生は「取組みはうまくいったか、問題点は何か?」と振り返り、「この問題点を解決して、目標を達成するためには、次に何をすればよいだろうか?」と子どもたちに問いかけました。ただし先生自身も、子どもたちは活動しているけれども学びが深まらず、ただ動き回っているだけと感じているようでした。

2つの事例から考えたことは、先生の「マネジメント」の考え方が「探究の学び」のような教育実践にストレートに反映されるということ、それゆえ、「マネジメント」を学び(学習)の視点から捉える、より豊かな考え方が重要だということです。

「マネジメント」を学びの視点から捉える論として、C.アージリスとD.ショーンの組織学習論があります(図)。この論によると、学習とは、期待した結果と行為した結果の不一致(ズレ)を発見しそれを修正するプロセスです。ズレを発見した際、「設定された目的をスムーズに達成できるか」「どうすれば問題を解決できるか」と、自らの枠組みや価値を自明視したまま行為を変えることでズレを修正する学習を「シングル・ループ学習」と言います。
これに対し、ズレを発見した際、自らの枠組みや価値の適切さを問い、どのように物事を認識しているかを吟味・再構成していく学習を「ダブル・ループ学習」と言います。

目標達成のための取組みにもっぱら関心を向ける前述の2つの事例は、シングル・ループ学習に陥りそうです。この学習は、ズレや葛藤は排除すべきものだと考える閉じた学びです。一方、ダブル・ループ学習は、ズレや葛藤は学びの機会だと考える開かれた学びです。目標は固定的なものではなく、常につくり続けている途中と捉えます。
日々の実践の中で「ひと・もの・ことと主体的にかかわる子どもの育成」「笑顔いっぱいの学校」を目標に掲げることの意味を問い直し、「自分たちが大事にしていくこと」「自分たちの使命」を探究していきます。 目標達成や問題解決の営み自体よりも、その営みを通しての学び、さらには、その学びの在り方を問いながらの自己探究こそが「マネジメント」の要です。