NITSニュース第111号 令和元年11月22日

「現状」から「ビジョン」へと坂道を登る2つのアプローチ

広島大学 教授 曽余田浩史

「現状」から「ビジョン」へと坂道を登っていく。講義では、これがマネジメントの営みであること、そして、「現状」から「ビジョン」へと登る際に2つのアプローチがあることをお話ししました。 一つは、現状把握で欠けている部分(問題点)を見出し、その欠けた部分を埋めた姿をビジョンとして追求する「問題解決的アプローチ」です。 もう一つは、学校の現状の中に「核となる価値」(学校の強み・潜在力、重要な伝統、価値観など)を見出し、それを核にしてどんな学校になりたいかをビジョンとして探究する「『核となる価値』を体現するアプローチ」です。

「学習する組織」で有名なピーター・センゲは「問題解決的アプローチ」を次のように喩えています。

その人(組織)は自ら積極的に健康診断をおこない、鉄分が欠けているという診断結果が出たらサプリメントで補給します。ビタミンが欠けていたらそれを補給します。 何人かのお医者さんにもかかっています。健康にとても気を配っており熱心に見えます。周りからもそう評価されています。 しかし、自らの生活を見直すことはしません。本当に必要なことは、苦痛が伴うかもしれないが、自分自身にきちんと向き合い、何が大切かを問い、自らの生活を改善すること、自らを見つめ直す力を高めることです。

このような「サプリメント症候群」は、少なからず近年の学校に見られます。 学力調査や評価で学校の問題点(欠けている部分)を発見し、その問題点を解決するために、流行りの教育手法を導入したり、外部講師を招いて校内研修をおこなったりします。 熱心な学校だと周囲からは評価されます。しかし、何が大切かを自ら見つめ直す力やその学校の自らの意思は高まっていないかもしれません。

次に、『核となる価値』を体現するアプローチについて、Y高校の例を見ましょう。

Y高校は「文武琢磨」という言葉を校訓として大切にしてきました。この言葉のもと、生徒指導が厳しく、クラブ活動が盛んで、生徒の面倒見のよい学校という文化を形成してきました。 在校生や教職員だけでなく、卒業生やその保護者たちも「文武琢磨」を覚えており、誇りに感じています。 A校長は、それまで「武」に偏った感のあるY高校を、「文」も「琢磨」する学校に進化させたい(坂道を登りたい)と考えました。 その際、「文武琢磨」を、クラブも学習も「やりきる・やりきらせる」ことだと意味づけし、『核となる価値』として、思考力・表現力を高めるための授業改善などに取組みました。

面白いことに、Y高校は年2回の学校評価の際に、「体力」の数値が高まっているかを重視しました。 ふつう、体力が高まっていないという評価結果(check)が出れば、いかに体力を高めるか(Action)と考えそうです。 しかし、「やりきる・やりきらせる」のあり様がこの学校では「体力」の数値に表れると考え、学力にも影響するとみなしました。体力が高まっていない結果(check)が出たとき、生活規律や学習規律、その指導のあり様を見つめ直しました(Action)。 さらに今後、「文武琢磨」を「やりきる・やりきらせる」と意味づけること自体を問い直していくかもしれません。

みなさんの学校で「文武琢磨」にあたるものは何ですか。それをどのように生かしていますか。見つめ直していただければと思います。