NITSニュース第53号 平成30年8月10日

学校の働き方改革で学校ができること

東北大学 准教授 青木栄一

NITSカフェに参加して

10本の事例報告を拝見してみて力づけられました。全国の、校種、設置者を越えて、働き方改革に向けて動き出している「同志」を見つけることができたからです。

学校の働き方改革の全体像

学校の働き方改革の全体像は次のように構造化できるでしょう。政策、行政、実務の3つに区分できます。
政策とは、世論、社会、政治、学術、報道といったものと関連する段階です。具体的には、長時間労働の告発や、過労死についての問題提起など、学校の働き方改革を求める動き全般を指します。
行政とは、そうした政策の動きを受けて、行政組織が具体的な政策にまで落とし込む段階です。施策案が固まれば、予算化したり法令の改正が行われます。ガイドラインが策定されることもあるでしょう。また、文部科学省は全国を対象とする大枠を決め、都道府県、市町村教育委員会はそれぞれの域内を対象とするより具体的な取り組みを行うことになります。
そして、今回の事例報告の多くが該当するのが実務です。教職員個々人の意識改革もここに当てはまりますが、組織としてより重要なのは学校全体の取り組みです。実務の段階はさらにいくつかの局面に分けられます。

一つ目は業務改善です。事例報告の多くが該当します。このコラムでは後でこの業務改善をさらに詳しく記します。二つ目は資源獲得です。三つめは戦略的対応です。四つ目は管理職のマネジメント改善です。

業務改善について詳しく記す前に、現代の学校が社会からどう見えるか述べてみたいと思います。

1 業務改善

業務改善の肝は他人事(ひとごと)ではなく自分事(じぶんごと)として取り組む、取り組ませることです。コンサルタントに依存したがる気持ちはわかりますが、それは依存体質を生み出します。コンサルタントにとっては安定した収益が得られますからその方が好ましいですが、いつまでもお金が続くとは限りません。
また、資源の追加投入がないことを前提にする必要があります。現有戦力、現有資源の把握から始めることが肝要です。そうしないといつまでたっても「ないものねだり」でとどまってしまいます。

業務改善は次のような類型があります。

業務の把握とは、文字通り、出退勤時刻の把握のことです。ダイエットや健康管理の比喩からわかるとおり、客観的な指標で自分たちの仕事を可視化することは働き方改革のスタート地点に立つことを意味します。
業務の削減とは、文字通り学校の仕事の一部を減らしてしまうことです。ただし、定時退庁日を設けても、別の日にしわ寄せが来るようでは本末転倒です。これに対して、部活動休養日は実施した日数分、部活動業務を減らせます。会議や行事も減らせばそれだけ業務量が減ります。
業務の付け替えとは、業務自体は学校から消滅しないものの、教職員が行わず、別の主体に任せることを意味します。
業務の不確実性の縮減とは、ある業務に別の業務が割り込んでこないようにするものです。留守番電話を設置すれば、放課後一定時刻以降、集中して業務ができるようになります。
業務効率化とは、ICTを活用して処理スピードを早めることがあげられます。また、業務棚卸をすることで、複数人が同じことをばらばらに処理していたものを、担当を決めて一人に任せることで、処理を円滑化することもあてはまります。

2 資源獲得

他方、管理職としては、資源獲得にも力を入れる必要があります。まず、ボランティアの発掘は優先順位が高いでしょう。教育委員会と交渉して支援を引き出すことも重要です。他方、土曜授業や夏休みを短縮することは、批判はあるものの、時間を資源とする観点からは資源の増加を意味することは頭に入れておいてよいでしょう。

3 戦略的対応

働き方改革の議論では即効性のある取り組みが注目されます。他方、じっくりと構えることも必要です。人づくりからのアプローチが重要です。クレーム対応を具体例としてあげてみましょう。
クレーム対応の考え方として、まずクレーム対応スキルの習得があげられます。これは企業では顧客対応の文脈から近年重視されているようです。これに関連して、接遇も基礎的かつ重要なスキルです。顧客からのクレームを適切に対応することはもちろんですが、クレーム事案を上司や同僚に報告・相談・連絡をすることができるのもまた重要なスキルで、自分を守る大切なスキルとなります。上司もまた部下からの報告・相談・連絡が届きやすい関係を構築することが重要です。もっといえば、それは上司の仕事だとはっきり認識した方がよいでしょう。
クレーム処理以上に重要なのは、クレームが起こらないようにすることです。クレームが起きやすい時期、時間帯は必ず存在します。魔の時間帯というものが各業界にあるはずです。学校では何月が魔の月でしょうか?魔の曜日はありますか?魔の時間帯はいつでしょうか?そういう意識が重要です。

企業の取り組み

さて、筆者はNITSが実施している研究プロジェクトの一つでリーダーを務めています(「学校経営におけるタイムマネジメントに関する調査研究プロジェクト」(プロジェクトE))。このプロジェクトの狙いの一つは、企業等の、つまり、教育業界以外の研修について調査し、NITSをはじめとする教育業界の研修に新しい風を呼び込もうとするものです。百貨店、エアライン、旅行業、コールセンター、医療機関等の人を相手とする業界の研修部門に対し調査をしています。
どうして教育業界の研修のために教育業界以外の研修を調査する必要があるのでしょうか。筆者たちの危機感が背景にあります。教員という労働者が働く職場として学校は存在しているのでしょうか。学校は対人接客サービスの最たるものですが、そのような自覚をもって人材育成が行われているのでしょうか。筆者はそう思っていません。先ほど述べたクレーム対応についてもこのプロジェクトの調査を通じて学んだことの一部です。
企業に学ぶというと、思わずPDCAというマジックワードが頭に浮かんだ読者は気を付けてください。PDCAを回しましょうなどといわれるのを真に受けて、実際には空回りしているのが関の山ではないでしょうか。企業がいかに人材を大切に育てようとしているかを知ることから職場としての学校が立ち上がってきます。

How to workを身に着ける

教員養成の段階で学校がどのような職場で、教員はどのような労働環境の下で働くのかを知る機会は限られています。昨今の企業の採用意欲が旺盛になっている状況下では、わざわざ厳しい労働を強いられる教員を志す学生は減っているのではないでしょうか。教員採用試験の倍率の低下にはそうした足元の変化が現れ始めているような気がしてなりません。教育業界自体の持続可能性が危機的状況にあります。
これまで教員の養成、採用、研修それぞれの段階で、How to teachやWhat to teachは意識されてきたと思います。これに対して、働く者として人材育成がなされてきたとは思えません。そこで筆者が注目するのが企業の研修です。

企業が顧客対応を重視するようになった背景には、価格競争の時代が終焉を迎えたことがあります。安価で良質なモノが行き渡るようになってしまえば、サービスの質の差異を重視するしかありません。顧客対応が良質であれば、お得意様になっていただくという経済的なメリットにくわえて、アドバイスをしてくれたり、口コミを積極的にしてくれたりする「支援行動」も期待できるといいます。
翻って、学校は児童生徒、保護者、地域住民、関係団体を顧客として認識してきたでしょうか。指導文化が充満する学校では、児童生徒はもちろん保護者等すら指導の対象としてきたのではないでしょうか。
企業の研修部門で行われているのは、顧客とどうコミュニケーションをとるかというテーマひとつをとっても相当に洗練されている教育プログラムです。顧客とどう視線を合わせるかは重要なポイントです。髪を触るなどの癖を自覚させる研修もあります。パーソナルカラーに合わせた着こなしも今や重要な顧客対応上の「必修科目」のようですし、骨格に合わせたメイクや服選びもまた求められるといいます。いずれNITSでそのような研修が展開されることを夢見る今日この頃です。

企業のマネージャーが行っているのはどのようなことでしょうか。よく報告・連絡・相談(ほう・れん・そう)が大切だといわれますが、そもそも部下からの報告を待っているようではマネージャーとしての資質能力に欠けるそうです。好事例を挙げてみましょう。部下の家族構成まで気を配り、部下のお子さんの運動会の日には有給休暇を取得するようにマネージャーから声掛けするのがよいそうです。言われてみれば家族の都合でかきいれどきの休暇を自分から申請しようとはしないでしょう。こんなマネージャーがいるグループはきっとよい雰囲気になるでしょう。
マネージャーとしてさらに行うべきことは、業務の効率化や業務の整序です。たとえば、複数の部署でばらばらに同じ業務をしていて非効率になっているなら、担当を決めて一括処理させるのです。あるいは忙しい時期や時間帯にはバックヤードに人を置かず、店頭に全員を投入するのです。たしかにあるアパレルメーカーの知人は本社勤務ですが、セール期間中は店頭に応援に駆り出されるそうです。指導主事訪問との対比で考えるべきエピソードです。
こうしたマネージャー業務を通じて人材育成が行われます。これに対して学校では、管理職が指導法ばかりを「指導」してはいないでしょうか。部下が前向きに働こうとする環境を作る、部下に働き方を身に着けさせる、それがマネージャーの仕事です。

4 学校管理職のマネジメント

学校の働き方改革に関して学校管理職が行うべきは、マインドセットの変更があげられます。離島の学校や、スクールバスを運行している学校では指導業務の終了時刻が設定されているために、業務の効率化がなされているようです。そうでない学校でも管理職が率先して仕事を切り上げてみるのがよいのではないでしょうか。
また、これは満点主義との決別につながります。比喩的に言えば、教員の世界では、5時間で70点の仕事をするよりも、さらに5時間を費やして、合計10時間で90点を目指すことが多いのではないでしょうか。ほどほどでいいと考える必要もありそうです。あるいは明日できることは明日やるという発想も意識的に身に着けるべきでしょう。
もう一つ管理職が行うべきことは、部下が働きやすい環境づくりです。どんな指導をしようか目を光らせたり、手ぐすね引いて待っているのは無意味です。指導モードでは聞く耳を持ってもらえません。業務の流れを把握して人を動かすことこそ管理職としての役割でしょう。そして、部下に対する声かけも重要です。たとえば、朝会の効率化が話題になることもありますが、朝会を活用して情報共有し(特に前日に起きたヒヤリハット事案)、部下に声掛けする(褒めることが一番重要)のも一考に値します。

管理職が管理職であるために

もっとも学校の管理職、特に副校長・教頭が超・長時間労働に苛まれているのは各種データから明らかになっています。副校長・教頭あるいは教職員の業務サポーターの雇用等が進んでいくことが、管理職が管理職業務に集中していくための時間を生み出すことになるでしょう。

意識改革がオチにならないように

さて、NTISカフェでは筆者の講演等の後、グループワークによるディスカッションが行われました。そこで一つ気になったのが、議論のオチが意識改革になっていたことです。意識改革がオチになってしまうとグループワークの参加者の元気が出ません。意識改革はオチではなく、つまり目的とするのではなく、あくまで手段としてしまえばいいのです。逆転の発想のようなものです。そのためには、まず何か具体的に始めることが肝要です。やる気はやりはじめないと出てこないと考えてみてください。言い換えると、やる気はやらないと出てこないのです。現在の働き方改革をめぐる学校の状況はまさにそうではないでしょうか。